トランプ大統領は貿易赤字が生じているのは多国間貿易協定が米国に不利だからだと思い込んでいたようだ。丸一年間の観察によって赤字は協定のせいではない。また協定は貿易秩序を律する役割を負っていることを認識したのではないか。
1月26日、ダボス会議でトランプ大統領は米テレビインタビューを受ける際、「特ダネだぞ」と宣言してTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への加入を示唆した。米国の貿易赤字は100兆円近いと言われるが、その約半分は中国の分だ。これは中国の方があらゆる物品で人件費が安いし、法人税も無いから有利に決まっている。トランプ大統領は取り敢えず太陽光パネルに30%、韓国の洗濯機には50%の緊急輸入制限(セーフガード)を発動した。ダボス演説では、米国を孤立主義だと批難したメルケル独首相、マクロン仏大統領を念頭に置いてか「主要国は共有する目標に向けて協力する必要がある」と米国の立場をはっきりさせた。
貿易については「不公正な貿易慣行にこれ以上目をつぶっている訳にはいかない」。また、自由貿易の前提として「公正で互恵的」な通商関係が不可欠だと強調した。この点は安倍首相がTPPをまとめるに当たっての“核心”と考えている問題だ。念頭には中国がある。資本主義経済のルールを決めるのに、社会主義市場経済という得体の知れない体制を主役にする訳にはいかない。安倍首相以前、日本外交は中国と韓国を入れたRCEP(東アジア地域包括経済連携協定)を追求してきたが、こういうのを見当違いというのである。
赤字になる産業は構造改革をして安い価格で製造するのが、資本主義経済の原則だ。向こう側が輸出補助金を貰っているなら競争にならない。11TPPの交渉でも国営工場が多いベトナムに配慮した部分があったが、中国のような異質の大国がTPPに入るというなら、体制を本物の自由主義・資本主義体制に転換して貰わなければならない。TPPは中国がもたらすであろう害を未然に防ぐ防壁だ。昨年のダボス会議では習近平国家主席が、「保護主義への反対」を表明し、トランプ氏のグローバル経済反対の姿勢を批判した。
今回のダボス会議に当たって、トランプ氏は問題の本質を見極めたのだろう。「米国第一主義とは孤立した米国を意味しない。国際的ルールや秩序の強化に積極的に関与する」との姿勢を明確に述べた。NAFTA(北米自由貿易協定)を破棄しても、対カナダ、メキシコの赤字が減る訳ではない。「減らせ」と叫び続けるよりも法人税を35%から20%に下げた政策の効果の方が大きいのではないか。トヨタは直ちに米国に兆円規模の投資をすると発表した。米国の対日赤字は16年度7.7兆円で、このうち自動車が8割を占める。米車が日本で売れないのは大きすぎるのと、燃費が悪いのに尽きる。赤字を減らすのは脅しではなくて比較優位を追求することだ。
(平成30年1月31日付静岡新聞『論壇』より転載)