最近、ベトナム東南部ドンナイ省にある韓国系の縫製工場で労働者1900人ほどが給与の不払いに抗議してストライキを起こした。ところが、肝心の韓国人経営者が夜逃げしてしまったために賃金の払い手が存在せず、やむなく地元の労働連盟が省当局の承認を得て不払いの給与を立て替え払いしたという。当局側が民間企業の給与を代替払いするというのは前代未聞で、ベトナムで話題になっている。
ベトナムでは、1月末というのは企業経営者にとって出費のかさむ時期である。従業員・労働者に支払う1月分の給与に加えて、テト(旧正月)を控えた年1回のボーナス支給が重なる。このため、経営不振の企業では賃金の支払いが出来ず、ストライキが発生しやすい。たとえ何とか払えてもボーナス額が少なければ、これを不満とするストライキが発生することもある。
ベトナム全国でのストライキ発生件数は2008-09年当時がピークで、年間2千件近く、2010年こそ400件ほどに低下したものの、翌11年には再び1千件に増加した。その後は沈静化の傾向にあったが、今年はどうも増加の気配である。こうしたストライキが発生するのは従業員・労働者への労働条件が厳しい韓国系と台湾系の工場に多い。日系の企業でも時々発生するが、経営者が夜逃げするというケースは韓国系企業の場合がほとんどである。
日系企業の経営者は大半が現地駐在のサラリーマン社長で、日本にある本社の手前、夜逃げするという訳にはいかない。これに対し、韓国人の経営者の多くはオーナー社長であり、ベトナム進出の決定も早いが、撤退する時の決定も早い。ベトナムの法制度では外国企業の閉鎖・撤退に要する手続きが煩雑で時間も要するため、オーナー社長は「夜逃げ」という究極の選択をするのだと言われている。
ベトナムでストライキが発生する理由は給与・賞与の不払いや金額の多寡をめぐるトラブルが多いが、それ以外にもいろいろなケースがある。私が日系企業の社長から聞いた例では、「社員食堂の食事がまずい」という理由でストライキが発生したケースがあったという。ベトナム人がグルメであることを軽視すると痛い目に遭う。また、最近、台湾系企業のストライキでは「トイレ・カード」をめぐるトラブルが原因になっている。この工場では、トイレ休みが午後1-2時の間と決められており、この時間帯以外にトイレに行く場合は労働者100人当たり3枚配られている「トイレ・カード」を使用しなければならなかったという。ところが、当日に下痢症状をかかえた女性労働者が頻繁にトイレに行ったため、管理員にとうとうトイレ使用を阻止されたというのがトラブルの発端だったらしい。また、年次休暇以外の有給休暇取得が「3日前までに申請」と規定されていたために、急病や親類縁者が急死した場合は有給の休暇が取れず、これがトラブルの原因になった事例もある。
もう一つ、ベトナムでストライキが発生しやすい理由がある。それは、低賃金で働く若い労働者たちが生活費節約のために賃貸アパートの狭い1室に4人、6人といった多数で雑居していることである。彼らは、こうした生活環境に不満を持っている中で、工場で不当な扱いを受ければ帰宅後に仲間と愚痴をこぼし合うことになり、それが他の仲間に拡散するスピードも速いのである。
ベトナムのストライキはウィルスで伝染する。日頃の不満・鬱憤を爆発させるウィルスである。韓国や台湾の大規模工場でストライキが発生すれば直ちに日系企業にも波及するおそれがある。部品工場などでストライキが発生し生産が止まれば納品先の大手企業に多大な迷惑(損害)をかける。このため、ベトナムに進出している外国企業の経営者は「ストライキ問題」に日々戦々恐々としているのである。