昨年の5~10月、フィリピン南部のミンダナオ島でフィリピン政府軍とIS(イスラム国)所属のテロリスト集団との間で熾烈かつ大規模な戦いが展開された。世に「マラウィの戦い」と呼ばれている戦闘で、IS側に974名の死者が、また、政府軍側に165名の死者と1400名超の負傷者が出た。これに巻き込まれた一般市民にも87名の犠牲者が出ている。5ヵ月間に亘る市街戦の末、フィリピン政府軍が勝利したものの、闘いの舞台となったマラウィ市街はほぼ完全に破壊され、住民20万人近くが住居を失い避難民化しているという。ISとの闘いと言えば、シリアとイラク北部で展開されている戦闘を思い浮かべるが、日本に近いフィリピンでもISの拠点を掃討するための大掛かりな戦闘が行われていたのである。
フィリピンには6百万人のイスラム教徒がいる。特にミンダナオ島のイスラム武装集団である「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」や「モロ民族解放戦線(MNLF)」の存在は広く知られている。しかし、これらの集団は既にフィリピン政府と自治拡大を柱とする和平合意を結んでおり、テロ集団とは明確に一線を画し、今回の戦闘ではフィリピン政府軍に協力して一般市民の救出などに尽力している。他方で、2016年年初以来、インドネシアやマレーシアからISシンパの若者が越境流入し、2014年夏にIS支持方針を打ち出していたイスラム・ジハ―ディストの「アブー・サヤフ」やマフィアと同類の「マウテ・グループ」(注:米国は同グループの頭目であるイスニロン・ハピロンの捕縛に5百万ドルの懸賞金を懸けていた)などがこれに合流、主導して、ミンダナオ島西部にはISの「東南アジア拠点」ともいうべき一大解放区が出来上がりつつあった。
しかし、2017年5月、これに鉄槌を喰らわすべく断固たる決断を下したのがドゥテルテ大統領である。彼は、ミンダナオ島の最大都市ダバオの出身であり、市長時代から麻薬撲滅のために手荒な手段を辞さない強硬措置を講じていた。ドゥテルテ大統領は、5月23日、ミンダナオ全土に戒厳令を敷くと直ちにフィリピン政府軍を大量投入し、IS支配地域への本格的な侵攻を開始した。戦闘開始後1ヵ月以内にマラウィ市域の90%以上が政府軍によって「解放」されたが、IS戦闘部隊の残党を完全に掃討するのに更に4ヵ月を費やしている。この間、フィリピン空軍によるIS支配拠点への空爆も行われたが、誤爆による自軍兵士の犠牲者も出ている。
この「マラウィの戦い」を巡っては、米国と中国がフィリピン政府軍への支援合戦を展開した。特に中国はドゥテルテ大統領の要請に応えて大量の武器(5千万元相当)を提供した。一方、米国もオーストラリア軍と共に空からの偵察情報の提供などの「技術支援」を実施するだけでなく、武器や偵察機(総額20百万ドル相当)なども供与している。IS勢力の浸透を恐れる近隣諸国(インドネシア、マレーシア、シンガポール)も海上の偵察を強化するとともに、各種の軍事援助を行った。
2018年に入り、マラウィの街の復興計画が開始されている。1月30日にはドゥテルテ大統領臨席の下に現地で復興開始式典が行われた。復興支援を巡っても、中国と米国の競争は続いており、EU、韓国、タイ、インドなども人道支援に加わっている。日本政府もマラウィ復興支援の方針を表明し、現地警察への警察車両(26台)の無償供与や避難民への食糧支援などを既に実施している。ただ、現地や国際的な日本関連報道は限られており、広報面で更なる努力が必要と思われる。くれぐれも 「too little, too late」 にならないよう願いたい。