最近、某民放テレビ局が、古代エジプト研究の最新事情を紹介するドキュメンタリー番組を放送していたが、大変興味深い内容だった。スフィンクスはいつ頃、何のために作られたのかや、ラムセス2世の都ベル・ラメセスはどこにあったのか、といった長年にわたり謎とされてきたテーマについて、ここ10~20年の間に最新の科学技術を駆使する欧米の考古学者の手で次々と新たな発見がなされ、古代エジプト史が書き変えられつつあるようである。
私は20年ほど前にエジプトの首都カイロに在勤し、その郊外にあるギザの三大ピラミッドをはじめ多くの古代遺跡を見る機会があった。そのたびに思ったのは、古代エジプト文明を華咲かせた偉大な先人たちはどこへ行ってしまったのか、ということだった。現代のエジプトは政治、経済、社会のあらゆる分野で深刻な問題をかかえ、混迷を深めている。
2017年の経済を見ると、GDP成長率こそ+4.2%とまずまずだが、インフレ率は26.8%、失業率は11.9%で、発展途上国の中で最悪に近い状況にある。経常収支は122億ドルの赤字、国家予算もGDP比で10.9%の赤字になり、まさに「双子の赤字」の中で懊悩している。通貨ポンドの下落には歯止めがかからず、輸入物価の高騰で高級輸入品などは一般庶民にとってますます高嶺の花になっている。
彼ら一般庶民にとって身近に手に入るものと言えば、ガソリンとパンの2つ。原油は国産の上、政府の補助金によってガソリン価格が安く抑えられているので、車は乗り放題。おかげでカイロの街中の交通渋滞はますますひどくなっている。パンの価格に至ってはその9割近くを政府が補助しているので、こちらも食べ放題。今や、WHOの調査によれば、エジプト人の成人肥満率が世界トップ・クラスになっているという。これら補助金の合計額は政府支出の10%を超えており、欧米の研究者の中には、それらの予算を貧困層に現金支給した方がはるかに効率が良いと指摘する声もある。
しかし、エジプト政府には補助金のバラマキをやめられない事情がある。2013年7月のクーデター後に権力を掌握したエルシーシ大統領(2014年6月就任:軍人)にとって、イスラム主義勢力の浸透を阻止するためには、国民世論の支持を確保し続けることが不可欠であり、補助金はそのための有力なツールになっている。IMFからの借金は増えるばかりで、経済改革の早期実施を強く求められているが、4月に大統領選挙を控えていることから、大ナタを振るいたくても振るえない事情にある。
最近、英国の某日刊紙が、「世界の国・都市汚染度ランキング」なるものを掲載した。データの出所はWHOらしいが、エジプトの大気汚染物質であるPM2.5の値はキュービック・メートル当たり73マイクログラムで、世界の国別トップ5に入っている(第1位はパキスタンの115.7)。カイロなどでの昨今の交通渋滞を見る限り、当面の間、およそ状況が改善しそうにない。因みに、我が日本のPM2.5の値は10.0で、世界で11番目の「大気清浄国」だそうだから、エジプトの大気汚染がいかに深刻かが想像できる。
2014年の大統領選挙の投票率は47%で、来る選挙では投票率が更に下がるだろうと言われている。2011年の「アラブの春」の革命で、当時のムバラク大統領(軍人)が辞任を余儀なくされ、2012年に権力を握った「ムスリム同胞団」も1年ほどで追放されて再び軍事政権が誕生、全てが「元の木阿弥」状態に戻っているように見える。強い言論統制の下、庶民は日々の生活に汲々とするばかりで、政治に対する関心を失いつつある。かつて栄光の古代文明を築いた先人たちは現代エジプトの経済的な停滞と政治の混迷をどのような思いで眺めているのであろうか。