世界で最も重要な政治・経済紙の1つと言われる英国の「エコノミスト」誌(発行部数約160万部)の最新号が中国を厳しく批判する3つの記事を同時掲載している。昨年末、同誌は、「中国シャープパワー論」を展開してその威嚇的な世界世論工作活動に警鐘を鳴らしており、今回はそれに続く中国批判記事だが、その内容は一段と厳しいものになっている。最大の理由は習近平が憲法改正によって国家主席の任期規定を削除し、長期独裁化路線を鮮明にしたことにある。巻頭の論説が「先週末、中国は専制政治から独裁政治に移行した」との一文から書き起こされているのは象徴的である。
欧米知識人の間では永らく「中国経済が発展し中産階級層が厚くなれば、おのずから民主化が進む」と信じられてきた。民主的な諸制度なしには市場経済の発展はあり得ないし、生活が充足された人々は必ず自由と民主化を求め改革が進むはずだ、というのが彼らの想定であり楽観的見通しの根拠だった。しかし、実際の中国は予想を超えたスピードで経済が発展する一方で、政治はますます非民主化し、言論に対する抑圧も強化されている。こうした状況を目の当たりにして、エコノミスト誌は「我々の楽観的見通しは完全に誤っていた」と懺悔し、「過去25年間に亘って西側が中国の将来に期待した賭けは失敗に終わった」と正直に認めている。
では、どうするか。エコノミスト誌は「西側が中国による悪弊をしぶしぶではあってもいったん容認してしまえば、後になってそれらを問題視することはより危険になる」と主張し、今やあらゆる面で対中政策を厳格なものにしなければならない、と言う。中国の公益団体(財団)と政府との関係に注意を払う一方、中国国営企業はもとより(ハイテク技術に関わる場合は)民間企業であっても安全保障の観点からその投資活動を厳しく吟味・精査する。市場へのアクセスには相互主義を求める。留学生の受け入れに当たっても同様の姿勢を貫く。中国通貨を流通させようとする場合は一層の透明性を求める。米国のトランプ政権はTPPへの参加を含めて同盟国へのコミットメントを再確認すると共に、中国の軍事力に対抗するために新たな兵器システムの開発を急ぐ必要がある。
エコノミスト誌の記事は「今や、中国への信頼は失墜し、普遍的価値を共有しようという望みもなくなった」との西側諸国の絶望的な気分に触れ、こうした状況に各国とも戸惑い、怯えているという。売り言葉に買い言葉で対応すれば報復の応酬になり結局のところ全員が敗者になる。今回、中国が憲法改正によって国家主席の任期規定を削除したことは、これまで欧米諸国に見られた根拠のない対中楽観主義、甘い見方を根底から覆してしまったようだ。
ところで、今回の憲法改正をめぐっては不可解な点もあるとエコノミスト誌は指摘する。その第一は本件に関する共産党中央委員会の決定が1月26日になされたとされるが、この日には中央委員会は開催されておらず、どう見てもその1週間前の会合での決定と思われるが同会合のコミュニケで発表された憲法改正案には国家主席の任期撤廃案は含まれていないこと(つまり、この1週間の間は、当該決定が特に極秘にされたと推察される)。第二は、2月25日の公表が先ず新華社の英語版ニュースで流され、中国語による報道より早かったこと(これは新華社内における手順の過ちによるものらしく、幹部更迭に発展している)、第三は、国家主席の任期撤廃は超重要決定であったにも拘わらず国営メディアに解説記事がほとんど掲載されていないこと(エリート層の間にコンセンサスがないことを暗示している)、第四は、人民日報における憲法改正案に関する記事では国家主席の任期撤廃は単独ニュースとして特出されておらず、第2面下に掲載された改正項目リストの末尾に他の項目と一緒に目立たない形で記載されるにとどまっていること、である。
これらの指摘は本件決定に習近平指導部がいかに神経質になっていたかを示している。習近平は今や巨大な権力を手中に収めつつあり、終身の国家主席となれば「皇帝即位」に等しい。昔、中国の歴代皇帝は「天命」を受けて就位したとされるが、今回の決定に「天命」はあったのか。15世紀の初めに明王朝の第三代皇帝となった永楽帝は直系の建文帝を攻め滅ぼして帝位を簒奪し、これに異を唱えた儒者・官僚ら1万人以上を虐殺したという。その反動が鄭和による歴史的な大航海である。今風に言えば「一帯一路」構想であろうか。やはり、歴史は繰り返されるのかも知れない。