北朝鮮の核交渉の罠

.

政策提言委員・軍事/情報戦略研究所長 西村金一

 北朝鮮は平昌オリンピックに、特使として金与正氏、選手団および応援団などを送りこんだ。オリンピックが終わって、韓国特使団と金正恩委員長が平壌で会談を行った。その結果は、北朝鮮国営の朝鮮中央通信は「満足な合意をみた」、韓国特使団は、「失望させない結果があった」、そして、「北朝鮮側が朝鮮半島の非核化の意志を明確にした」ことなど、南北で合意した6項目について発表した。
 だが、北朝鮮国営の朝鮮中央通信や労働新聞には、今回の南北合意事項である①南北首脳会談を板門店で行う。②北朝鮮側が朝鮮半島の非核化の意志を明確にした。③米韓軍事合同演習について理解を示したということや、会議の中で、「金正恩委員長が、非核化は先代の遺訓と述べた」ことも全く記述されていない。これほど重要な事項について、金正恩直筆の署名がある文書が存在しない。国営通信で発表がない限り合意したと判断するのは、ミスリードだ。これまで核の無力化などの米朝の2回の合意も守られなかったにもかかわらず、北朝鮮の今回の発言を容易に受け入れて発表することは、文在寅政権や特使団が、「もうすでに、北朝鮮の罠に嵌ってしまった」ようだ。
 以下、北朝鮮の罠の仕掛けについて解説する。

1.北朝鮮の罠、その仕掛け方はどんなものか
 北朝鮮と米国等との過去2回の交渉経緯をたどってみると、北朝鮮の核開発を巡る交渉パターンがある。北朝鮮の強硬姿勢→国連等による制裁→北朝鮮の強硬姿勢→話し合い(交渉結果が早急に求められる環境が醸成される)→北朝鮮による開発凍結約束と米韓日による支援→北朝鮮は約束を実行するふりを見せるだけで実行せず、IAEAに検証をさせない→検証のことで物別れになる→頃合いを見計らって陰で核を開発していたことを表し、一時的に止めていた核施設を再稼働させる強硬姿勢に移る。
 北朝鮮の交渉戦略は、核兵器やミサイルの開発を見せつけ危機を演出し、“危機から戦争に拡大する”かのように見せかける「瀬戸際外交」だ。米韓日は、北朝鮮にまんまと騙され北朝鮮が核兵器を作る前にそれを食い止めることはできなかった。
 北朝鮮は、3回目の今回も同じように危機を煽ってから、制裁を受け、その効果が出ると、交渉を仕掛けてきている。3回目となると、米国ももう絶対にだまされないという意識がある。もうだまされないぞと待ち受ける米国に対し、北朝鮮は平昌オリンピックを利用して金与正のカードを出して、「誠実な金与正さんが仲介しているので、今回は信用できますよ」のカードを付け加えた。また、親北の文在寅政権も北朝鮮の工作に上手く利用されているようだ。

2.北朝鮮は、どのような状況の時に仕掛けるのか
 1994年の米朝合意に至る前に、北朝鮮が交渉に応じてきた(実質は求めてきた)のは、国の経済状態が極めて悪化していた時期だ。1991年に旧ソ連邦が崩壊し、その後、旧ソ連からの石油の輸入量が激減した。総輸入量は1989年に比して40%にまで減少したのだ。1990年中頃には約300万人とも言われる餓死者が出た。
 2018年平昌オリンピック、その後の韓国特使団と金正恩との会談をきっかけに、南北首脳会談が予定され、トランプ大統領との米朝首脳会談まで計画がある。これは、北朝鮮がこれまで深刻な経済事情に加え、いくつもの国連制裁事項が決議され、世界各国による制裁の実行が、北朝鮮の経済事情を悪化させた。制裁が効き始めたということだ。これによって、北朝鮮が交渉開始を決断したのだろう。

3.北朝鮮は、相手の心理を衝いて来る
 孫子の兵法に、『兵は詭道なり』という戦略がある。「戦争行為では、敵を欺いて勝つ」と言う意味だ。北朝鮮はこれまで、孫子の兵法を上手く使って、米韓日をまんまと欺いて、支援と核の二つの望みを得ることができた。我々は、北朝鮮が『兵は詭道なり』という戦略を用いて交渉していることを十分に理解し、これまで欺かれてきた交渉の結果を忘れてはならない。
 北朝鮮が行う心理作戦は、「今がチャンスですよ」と思わせ、慌てさせるのが上手い。詐欺師の手法と同じだ。トランプ大統領は、ビジネスマン出身者であり、チャンスを掴むのが上手いと評価されている。「あなたは、チャンスを掴む天才ですよね」とおだて、米国の11月の中間選挙を睨んで成果を挙げたいという心理を上手く利用し、今が解決できるチャンスと思わせ、交渉に引き込んでいく。
 事実、金正恩は韓国の特使団に、「トランプ米大統領と会って話し合いをすれば、大きな成果を出せる」と発言していて、トランプ大統領に伝わるようにしていた。特使の鄭氏は、トランプ氏に「金委員長は率直に話をするし、誠意を感じた。過去の過ちを繰り返してはならないが、金委員長に対するわれわれの判断を受け入れ、今回のチャンスを逃さないでほしい」と呼びかけた。韓国の特使は、上手くチャンスを掴んでいるのか、北朝鮮の罠にはめられているのか、どちらだろうか。北朝鮮の本質、過去の騙しの実態を思えば、答えは当然見えてくる。

4.合意を守らないと見抜かれている北朝鮮の新たな戦略
 北朝鮮が米国との交渉で結んだ2度の合意事項を反故したことで、「北朝鮮は合意を守らない国だ」ということを見抜かれてしまった。北朝鮮は、米国に届く核・ミサイルもほぼ完成したことで、これらを廃棄することはないと見抜かれている。だから、北朝鮮は、これまでと同じことをやっていては、国連制裁を辞めさせることはできないと考えている。また、米国からの攻撃を阻止することはできないと考えるのも妥当だ。北朝鮮は新たな交渉戦略を立てて、挑戦してくるのは当然のことだ。
 新たな交渉戦略の目玉が、金与正の登場であり、南北首脳会談、非核化前提の交渉、米朝会談の提案である。北朝鮮も死にもの狂いだろうから、これまでと全く同じ戦略でくるはずはない。
 そこで、北朝鮮が利用しようと狙いを定めたのが、“南北首脳会談”“朝鮮半島の非核化”“南北の平和統一”の餌につられやすい文在寅韓国大統領だ。金大中や廬武鉉の両大統領が実施した南北首脳会談を自分も行って、南北の平和統一に貢献した大統領と思われたい心理があるのだろう。そのことを熟知している金与正は、「文大統領が金正恩委員長と会えば昔のように迅速に南北関係が発展できる」と述べ、また、「文大統領と早期に会う用意があります。都合のいいときに来てください」と金正恩のメッセージを伝えた。金正恩の妹、金与正が特使として訪問してきたことだけでも大成果なのに、“南北首脳会談”の手土産も持ってきたこと、更に自分の力で、朝鮮半島の非核化が達成できるかもしれない、悲願達成にあと一歩という成功の夢が与えられた。相手を大喜びさせて合意を結び、しかし、そのあとで、どんでん返しの合意不履行が待っていることだろう。

5.北朝鮮の核兵器保有の発言は矛盾だらけ
 金日成主席は1986年、北朝鮮は「核兵器の実験・製造・備蓄・導入をしない」と宣言。世界の非核化を求める声明を発表した。1991年には、韓国と「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」に合意。1990年代に、「核を保有する意図はもっていない」と何度も主張し、核開発を行っていることを認めなかった。ところが一転して、2003年に自国の核開発を「抑止力のため」と宣言した。また、北朝鮮は、「唯一、物理的な抑止力、いかなる先端兵器による攻撃も圧倒的に撃退することのできる強力な軍事的抑止力を備えることのみが、戦争を防ぎ、国と民族の安全を守ることができるというのがイラク戦争の教訓である」と述べ、「抑止力を持つ権利がある」と主張した。2005年には、「あくまでも自衛的な核抑止力だ」と核兵器を保有していることを認めた。
 金正恩は、2 016年朝鮮労働党大会において「経済建設と核戦力建設を並進させるという党の戦略的路線を引き続き貫徹しなければならない」、2018年の新年の辞で、「昨年、わが党と国家と人民が得ためざましい成果は、国家核武力完成の歴史的大業を成就したことです」と述べた。ところが、特使団には『非核化目標は先代の遺訓だ』と述べた。この内容は、北朝鮮が行ってきたことと、金正恩が今回発言したことと真逆だ。つまり、北朝鮮は、核兵器保有の有無、話す相手によって使い分け、発言することを変えている。北朝鮮の主張を信じることはできない。

6.北朝鮮の罠に嵌れば、今後の核の脅威はどうなるか
 北朝鮮が現在保有している核兵器の数は、13~30個と見積もっている。もし、現段階で北朝鮮の核兵器を廃棄できず、核兵器をミサイル攻撃で破壊できなければ、また、斬首作戦により金正恩を葬り去り民主的な体制に交代させられなければ、数年以内には約50個の核兵器とこれを運搬するICBM。5年を超えると100個の核兵器を保有することになるであろう。インドやパキスタンの保有数とほぼ同じになる。
 核・ミサイルの高度化はどうなのか。6回目の核実験では、ブースト型核分裂爆弾が確実に成功したと判断できる。160キロトンの爆発威力から、水爆の可能性も否定できない。ことから、2020年前後には、確実に水爆の実験にも成功し、その後小型化も成功するであろう。
 この他、米日韓国のミサイル防衛により飛翔中にミサイルが撃墜されないように、ミサイル弾頭部の多弾頭化にも成功するだろう。日米ミサイル防衛による「ミサイル撃墜の可能性」と北朝鮮の弾頭部の多弾頭化によって「迎撃を防ぐ可能性」のせめぎ合いに発展していくであろう。

おわりに
 北朝鮮はもがきながら国連制裁を打破すること、米国から攻撃されないこと、金正恩自身が殺害されないということのために、あの手この手で、策略し始めた。話し合いを行うことはよいが、北朝鮮が体制崩壊するか、核兵器を廃棄するかのどちらかを選択するかのぎりぎりまで追い詰めなければ、北朝鮮が核兵器を放棄することなどありえない。
 今はまだ、北朝鮮に対して制裁が効き始めた段階なので、制裁を継続してダメージを与えるまで、追い込むべきだ。そこまでしないと、北朝鮮は実際に核を放棄することはないであろう。口先だけの合意までいくかもしれないが、合意を履行することはない。
 今の段階で、合意を形成して安心してしまうと、北朝鮮は、韓国や米国を罠にはめるだけで、北朝鮮はそれを履行することはないだろう。北朝鮮は、経済制裁が解除されてしばらくすれば、また、飛躍的に威力と数を増した核兵器を登場させることは目に見えているではないか。