ベトナム戦争に参戦した韓国軍が主に1966年から68年にかけてベトナム民間人多数を虐殺した事実は余り知られていない。米国からの要請を受けてベトナムの戦場に派遣された韓国軍兵士は延べ32万人と言われ、主にベトナム中部において北ベトナム軍及びベトコン(南ベトナム解放民族戦線)と戦い、双方に5万人以上の死者(うち4万人近くがベトナム兵)を出したという。参戦した韓国軍兵士の中で後に大統領になった者に全斗煥や盧泰愚がいる。
韓国が大量の兵士をベトナムに派遣したのは「共産主義の脅威から自由主義社会を防衛するため」だとされ、実際、朝鮮半島で北の共産主義政権に対峙していた韓国軍の兵士はベトナムの地でも「共産主義者は鬼」と信じて「まじめに」戦ったのである。当時、ベトナム兵の間で「韓国軍と戦うより米兵と戦った方がまし」と言われたらしい。米軍は爆弾は落とすものの地上での戦闘には及び腰。これに対して、韓国軍は徹底した地上戦に臨み相手軍をとことん殺りくした。民間人も容赦なく殺すのが韓国軍の戦い方だった。その残酷極まる虐殺ぶりは今でもベトナム人(古老)の間で語り伝えられている。
しかし、韓国軍によるベトナム民間人に対する大量殺戮が世に知られるようになったのは1990年代になってからである。ベトナム軍の内部調査資料に同国中部の100か所以上の村で主に老人、婦女子らの非戦闘員(民間人)合計5~9千人が虐殺されたことが記録されていたという。この記録に驚愕したのがベトナム国家大学の博士課程に留学中だった韓国人学生で、韓国のハンギョレ新聞の通信員も務めていたことから報道されることになったようだ。
虐殺事件から50年が過ぎた今月、韓国・ベトナム平和財団の一行41名がベトナム中部にある事件現場となった村を訪れ、慰霊碑に向かって土下座して謝罪している。この財団はキリスト教関係者や学者・研究者が中心になって1999年に設立された民間団体で、毎年ベトナムに訪問団を派遣しているらしい。2015年からは韓国内やベトナムに「ピエタ像」(慈悲の聖母子像)を寄贈・設置する活動も始めている。
この団体は、韓国政府に対して、ベトナム戦争中の民間人虐殺行為を公式に謝罪するよう求めており、併せて、地元への賠償、責任者の処罰、学校教科書への記載なども要求している。しかし、韓国退役軍人会はこれに猛反発しており、旧軍人の名誉を棄損するものだとしてハンギョレ新聞に抗議するとともに裁判に訴えている。韓国政府も虐殺の事実を完全に無視している。
私が知る限り、韓国政府がベトナム戦争への同国の「参戦」についてベトナム政府向けに公式見解を明らかにしたのは、1998年に金大中大統領が訪越した折に「遺憾の意」を表明したのが唯一の事例である。その後の首脳レベルの会談で韓国側から謝罪の言葉が出されたということはないのではないか。少なくとも私は寡聞にして聞いたことがない。2014年9月に開催された「韓国ベトナム参戦者会第50回記念式典」に映像メッセージを送った朴大統領(当時)もベトナム参戦軍人による国への貢献を賛美するだけで、ベトナムの人々に対する非人道的な行為に言及することはなかった。韓国軍人がベトナム戦争中にベトナム女性を強姦して生ませた子供など、いわゆるライダイハン(韓国混血;3千人とも3万人とも言われる)の問題に至ってはほとんどタブーにすらなっている。
韓国は一部の民間人(特に宗教団体)のレベルでは現地に病院を建てたり、学校を建設したり、あるいはライダイハンの子供に奨学金を提供するといった支援活動を行っている。先述の平和財団の関係者は「(韓国)政府が(虐殺事件について)謝罪しないのは日本政府に謝罪を要求している立場と矛盾している。」と指摘し、ベトナムに対して公式謝罪を行うべきだと主張している。しかし、こうした主張をしているのは韓国の極く限られた人々であり、韓政府も民間もベトナム戦争にかかわる史実を闇に葬り去ろうとしている。韓国社会は、他者に謝罪を要求することには熱心だが、自らが謝罪しなければならない時には「知らぬ存ぜぬ」を決め込むのが伝統らしい。