◆トランプ政権 対朝強硬派人事
トランプ米大統領は3月8日に、5月までに金正恩朝鮮労働党委員長と米朝首脳会談を行うのを受諾したことを明らかにした。トランプは、訪米した韓国代表団から同日に伝えられた金正恩会談の会談意向に、その場で応じた。トランプは「恒久的な非核化のために金氏と5月までに会う」と述べた。金正恩がトランプとの会談を望んでいるとの情報は、中央情報局(CIA)が事前に掴んでいた。
トランプは3月10日のペンシルバニア州での支持者集会では、「私が早々と立ち去るかもしれないし、我々が着席して世界にとって最高の合意をするかもしれない」と語り、米朝首脳間決裂、成功の両方の可能性を示唆した。トランプは「(非核化に)合意できるまで制裁は続けるが、(米朝首脳)会談は計画中だ」とツイートした。現職の米大統領による北朝鮮の最高指導者との会談は、今まで一度も行われていない。米国と北朝鮮の首脳はこれまで電話会談もしたことがない。
トランプは13日午前9時前にツイッターで、マイク・ポンペオCIA長官を新しい国務長官に指名すると発表し、政権の外交政策チームを一新することを明らかにした。新たに米国務長官に起用されたポンペオは対朝政策で対話重視だったティラーソン国務長官と異なり、北朝鮮に対しては早期の軍事攻撃を主張してきた。
トランプは22日夕、自身のツイッターでトランプ政権の外交・安全保障を取り仕切るマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)を4月9日付で解任し、後任にジョン・ボルトンをあてることを明らかにした。ジョージ・W・ブッシュ政権では国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)、国連大使を歴任、15年のイラン核合意の破棄も訴えている。トランプにとってはこの1年2ヵ月で3人目の国家安全保障問題担当補佐官となる。
また国家安全保障担当の大統領補佐官になったボルトンは北朝鮮に対する先制攻撃の正当性を主張しており、ポンペオと共に北朝鮮に対する強硬派である。2人とも、北朝鮮が2018年に入って外交攻勢、対話路線を進めているのは、核、ICBM(大陸間弾道ミサイル)開発のための時間稼ぎにすぎないという冷めた見方をしている。ポンペオは1月の時点で、北朝鮮が米本土を核攻撃する能力を獲得するまでに数ヵ月しか残されていないという危機感を表明していた。
北朝鮮が本当の意味での非核化に合意しなければ、米朝首脳会談は決裂するリスクが高い。そうなると、米国の北朝鮮に対する軍事攻撃の可能性が高まることになる。少なくとも、トランプ政権は外交・安保スタッフの中枢人事に対朝強硬派を起用することで、北朝鮮への無言の圧力を強めている。
一般教書演説で、トランプは北朝鮮問題について異例の5分もの時間を割いた。飢餓に苦しみ列車に轢かれて左手脚を失い中国と東南アジアを経由して韓国に亡命した脱北者の男性、北朝鮮で起訴、1年半収監され昏睡状態で釈放され帰国した後に死亡した米国人青年オットー・ワームビアの両親をゲストに呼び、北朝鮮の金正恩政権の国民を抑圧する性質を非難した。
トランプは、過去の北朝鮮政策について、「自己満足と譲歩は攻撃と挑発を招くだけだ。私は過去の政権の過ちを繰り返さない」と述べた。また。北朝鮮の核・ミサイルが「もうすぐ米本土を脅かす可能性がある」と警戒感を示し、「それを防ぐため、最大限の圧力をかけ続ける」と強い決意と厳しい姿勢で臨む方針を示した。北朝鮮とイランは「ならず者国家」という位置づけで、これは昨年12月の国家安全保障戦略でもそのように規定されている。
◆攻勢に出る北朝鮮 中朝接近
金正恩は3月25~28日、4月末の南北首脳会談、5月末までの米朝首脳会談を前に、就任以来初めての外遊で初めての訪中を行い、習近平主席と初会談した。訪問は列車により徹底した報道統制のもとで電撃的に実行され、中国側も最高級の歓迎をもって迎えた。正に電撃訪問であり、習夫妻が主催する宴会には李雪主夫人も参加した。
折しも、中国はトランプ政権の中国による知的財産権侵害への報復措置の脅迫、鉄鋼、アルミへの輸入関税の脅しなど貿易問題で緊張関係にある時で、中国の習近平にとっても北朝鮮カードを使う絶好の機会になった。また中国が朝鮮半島情勢で影響力を再び行使できる機会を提供した。
中国と北朝鮮の関係は悪化する一方で、張成沢の粛清、金正男の暗殺といった事件が続き、中朝関係は冷却していると見られていたが、中朝首脳は伝統的な友好関係を継続し、首脳の相互訪問でも合意した。ここにきて、中国が米国との関係悪化を口実に北朝鮮への経済制裁を緩めれば、米国にとってはマイナスに働く。米国としても貿易でこれ以上対中強硬姿勢を強めて中国との関係を緊張させることは得策でない状況が生まれた。
一方、金正恩も中国と接近し友好関係を再構築することで、中国を後ろ盾にして南北、米朝首脳会談に臨むことができる。北朝鮮への経済制裁圧力の効果が中朝接近により薄れ、韓国の文在寅大統領が北朝鮮の経済的弱みを利用して北に韓国側の要求をのませることができる余地が余りなくなってくる。また米国が北朝鮮に軍事力を行使しようとすれば、中国がその後ろにいるということになれば軍事力行使に踏み切りにくくなる。また南北、米朝首脳会談が決裂し、経済制裁が継続しても、北朝鮮が中国の助けを借りて経済的に生き延びる可能性が高まる。より長期的な経済再建に向けて中国の経済力を活用する布石にもなる。
中朝接近を見て、米国との関係が悪化しているロシアが北朝鮮に一層接近する可能性もあり、そうなると北朝鮮にとって、もっと有利な状況が生まれることになる。北朝鮮の李容浩外相が4月9~11日にロシアを訪問し、10日に同国のラブロフ外相と会談した。5月末までに予定される米朝首脳会談を前に、連携強化を確認した。李容浩は4月3日に北京で中国の王毅国務委員兼外相と会談している。中ロともに北朝鮮との接点を拡大している。
習近平との首脳会談後、金正恩は初めて米朝首脳会談の開催を認め、「南朝鮮(韓国)と米国が我々の努力に善意で応えれば、非核化の問題は解決できる」という声明を発表した。これは北朝鮮の非核化を論じる前に、米韓の譲歩を求めるということであり、北朝鮮がかなり強い態度で米韓との首脳会談に臨む姿勢を垣間見させたものだ。更に金正恩は、「中国と共に北朝鮮の平和と安定を目指したい」と述べ、中朝の協力で、米韓と対決する態度を明確にした。
トランプは、韓国特使の報告だけ聞いて、北朝鮮が体制保証さえしてもらえば無条件に非核化に進むかもしれないという期待を抱いていたが、そうした希望的観測は現実とは程遠いことが明確になった。
◆中国の計略 新しい安全保障の枠組み作り
中国は3月に米国に対して、南北朝鮮、中国、米国の安全保障の枠組みを構築し、その中で北朝鮮問題も解決することを提案したとされる。複数の米中外交筋が明らかにした。習近平がトランプに電話で、米中韓朝の4ヵ国平和協定という形の新しい安全保障の枠組み作りを提案したとされる。
1953年に国連軍と北朝鮮、中国が締結した朝鮮戦争休戦協定の平和協定への移行を念頭に置いているとみられる。従来の6ヵ国協議から日本、ロシアを外した形であり、朝鮮戦争の当事国からなる体制である。中国は従来から、米中が主導して世界を管理する協調体制を主張してきたが、その延長線上にある。
金正恩は3月25日からの訪中で習近平と会談した際、6ヵ国協議への復帰に同意する考えを示していた。複数の中朝関係筋が明らかにした。6ヵ国協議は2008年には中断に追い込まれてしまい、中国は面目を無くしていた。たとえ4ヵ国でも6ヵ国でも中国の関与する枠組みに変わりはない。
米国が求めているのは北朝鮮の非核化だが、北朝鮮や中国が求めているのは朝鮮半島の非核化であり、そこには韓国、在韓米軍の非核化が含まれる。
米国が在日米軍や在韓米軍に戦術核兵器を持ち込み、或いは配備している可能性が取りざたされてきたが、核兵器の有無、所在については肯定も否定もしない、一切コメントしないというのが、米国の既定方針である。このため、韓国、在韓米軍の非核化ということは、北朝鮮のみならず、在韓米軍の撤退を意味することになる。中国としては、4ヵ国の枠組みで朝鮮戦争の終戦、平和条約締結を行い、在韓米軍の撤退まで達成することを望んでいる。
2005年のボルトン国連大使指名の際に上院の民主党が承認に激しく反対した経緯があるが、大統領補佐官は議会承認を必要としない。4月9日に大統領補佐官に就任したボルトンは、南北の平和条約は必要ない、在韓米軍撤退は絶対に受け入れないという姿勢を明確にしてきた。今年2月の『ウォール・ストリート・ジャーナル』でボルトンは、「北朝鮮の核兵器が突きつける今の『必要性』に、先制攻撃によって米国が対応するのは、全くもって正統だ」と主張し、核ミサイル完成前に脅威を取り除くよう訴えている。このボルトンの姿勢が、実際の米朝首脳会談でどこまで尊重されるか、それは米朝会談の目安になる。ボルトン路線が貫かれれば、米朝首脳会談は行き詰まり、決裂する可能性が高い。