大盤振る舞いというか、バラマキというか、今回のマレーシア総選挙は、ポピュリズム政党と化した与野党が、互いへの怨念をぶつけあった選挙戦であった。勝ったのはマハティール元首相率いる野党連合である。マレーシアの選挙といえば、過去50年以上の間、選挙をやる前から与党の勝利が決まっていたようなものだったから、1957年の独立(63年に建国)以来初めての政権交代をもたらした今回の選挙結果は衝撃的だった。「民主主義の勝利」という論評もあるが、果たしてどうか。
マハティール氏と言えば、1981年から22年間もの長期にわたり、与党「統一マレー国民組織(UNMO)」の党首として首相を務めた人物であり、「ルック・イースト政策」によって親日政治家としても知られた。その元首相が、15年間の空白の後に、今度は野党連合のリーダーとしてかつて自分が率いた与党連合に選挙戦を挑んだこと自体が驚きだが、92歳という年齢を聞けば驚きはさらに募る。仮に、日本で、小泉元総理(76歳)が野党の党首になり、衆議院選挙で安倍総理率いる自民党に戦いを挑んだとしても今回のマレーシア選挙ほどは驚かない。それほどの衝撃である。
今回の選挙結果を受けてナジブ首相は辞任した。汚職疑惑で訴追されそうな気配でもある。ナジブ首相といえば、かつてはマハティ―ル氏の子飼いの政治家と言われ、政権就任当初はその強い影響下にあった。しかし、大規模公共事業の取り進め方や対中外交をめぐって対立、マハティ―ル氏は野党の党首になっていたアンワル元副首相に急接近した。アンワル氏は93年から5年間にわたってマハティール首相を支えたものの、タイ通貨危機後の財政政策をめぐる意見対立で罷免され、同性愛問題まで表ざたになって逮捕・投獄の憂き目にあっている(選挙後の今月16日に恩赦によって釈放)。敵の敵は味方という仁義なき世界である。
私が驚くのは、今回の選挙を通じ、与野党ともに、選挙民受けするポピュリズム的公約を連発したことである。昔から、マレーシアの選挙では「金品が飛び交うのは当たり前」と言われてきたが、これは裏の世界であり、今回のように表の世界で金品が飛び交うような選挙公約を連発しあうのは見たことがない。与党が「25歳以下は所得税免除」と言えば、野党は「消費税廃止」、「ガソリン補助金再開」と公約する節操のなさである。マレーシア経済は原油・ガスの輸出が支えとなっているが、さすがに公約が実践されれば財政赤字はさらに膨らむだろう。
もう一つ首をかしげざるを得ないことがある。それはブミプトラ政策(マレー人優先主義)にかかわる。人口3200万人のマレーシアは、その69%がマレー人だが、中国系が24%、インド系も7%を占める多民族国家である。政権与党は従来からブミプトラ政策を推進し、野党はその撤廃ないし緩和を主張してきた。マハティ―ル氏は22年間の首相時代にブミプトラ政策を強力に推し進めてきた中心人物であったが、野党の勝利を受けて首相になった今どうするのか。「希望同盟(PH)」と呼ばれる野党連合の内実を見るとブミプトラ政策に対する考えは各党間でバラバラである。当面の間は、この問題には手を付けられないだろう。特に、マハティ―ル氏は首相在任1~2年後にはアンワル氏に首相の座を譲ることを約束しているらしいので、なおのことこの問題では不作為を決め込むのではないか。
マレーシアという国は東南アジアではめずらしく欧米諸国と距離を置く国である。かつてはマハティール氏の「ルック・イースト政策」にみられたように大変な親日国であったが、今では中国を第1のパートナーと考える国民がASEAN10ヵ国の中で最も多い81%(2017年11月のIPSOS世論調査)という大の親中国家になっている。2017年2月の金正男暗殺事件発生以前は北朝鮮人にビザなし渡航を認めていた世界で唯一の国だった。マレーシアは、一人当たりGDPが1万ドル近く、首都クアラルンプールは超高層ビルが林立する近代都市の様相を呈しているものの、その実態は今なお混とんとした発展途上国というイメージが拭えない国である。