南米・コロンビアの話である。先月末の27日に大統領選挙の第1回投票が行われ、6人の立候補者の中に過半数の票を獲得する者がいなかったために、今月17日(サッカー・ワールドカップでの対日本戦が行われる2日前)に上位2者による決選投票が行われる。有力なのは第1回投票で最多数の39%の票を集めた民主中央党のドゥケ候補(41)で、これに対抗するのが25%の票を獲得した前ボゴタ市長のペトロ候補(58)。両者の最大の対立点は8月に退任するサントス大統領(2010-18)が左翼ゲリラ組織FARCとの間で2016年に交渉成立させた「和平(停戦)合意」への賛否である。
コロンビアでは、過去半世紀以上の間、政府軍と武装ゲリラとの間で熾烈な戦闘が続き、22万人の死者、7百万人の国内避難民を出してきた。サントス大統領は最大のゲリラ組織であるFARC(コロンビア革命軍;戦闘員数12000人)に対して停戦と和解を呼びかけ、紆余曲折の後にこれが実現した。政府側はゲリラ戦闘員に対して身の安全と政治参加を保障し、ゲリラ側は武装を解除した。サントス大統領は2016年にノーベル平和賞を受賞している。
一見、めでたしめでたしと言いたいところだが、ゲリラ組織はFARCだけでなく、ELN(民族解放軍;現在のメンバーは約2000人)など他にも中小のゲリラ組織が存在して、テロ・誘拐、麻薬取引などの非合法活動を相変わらず続けている。そして何よりもゲリラによって過去に殺害された犠牲者の団体が元組織員の身の安全が保障され、10名の国会議員枠(8年間)を与えられていることに強い不満を持っていることである。かつてゲリラ組織の殲滅に政治生命をかけたウリベ前大統領(2002-10)なども元組織員が犯罪者として処罰されていないことを痛烈に批判している。直近の世論調査でサントス大統領への支持率は10%台前半まで落ち込んでいるという。
決選投票を戦う2人の候補者のうち、ドゥケ候補はこのウリベ前大統領の陣営に属し、「和平合意」の見直しを主張している。その一方、対立候補であるペトロ候補は彼自身がM19という別のゲリラ組織の元メンバーであり、「和平合意」を支持するとともに、過激な左翼的政治主張を行うという真っ向対立の構図になっている。17日の決選投票でどちらの候補が勝利してもしこりが残りそうであるし、特にドゥケ大統領が誕生すれば国内の混乱は不可避の様相である。
コロンビアは、近隣の南米諸国と異なり、伝統的に親米路線をとってきた。その米国もサントス大統領が実現したFARCとの「和平合意」を支持しており、ノーベル平和賞受賞に見られるように、国際社会もこれを高く評価している。しかし、身内や友人・知人がゲリラに殺された人々からすれば、元組織員が身の安全を保障され、街中を白昼堂々と闊歩している状況に納得がいかないと思うのも当然である。仮に、北朝鮮との和平が実現し、拉致事件を含む過去の全ての犯罪が許されてしまうとしたら、複雑な思いを抱く人は多いのではないか。「和平」の難しさは正にこの点にある。
コロンビアは私の好きな国の1つである。5回ほど訪問したことがあり、そのうち1回はやむを得ない事情からゲリラの出没するジャングルにまで足を運んだ。首都のボゴタは標高2500mの高地にあり、赤道近くに位置しながら夏でも涼しい、実に快適な街である。国全体が緑に包まれ、風光明媚である。戦前・戦後には多くの日本人が移住し、太平洋岸に近いカリ市には今でも大きな日系人社会が存在する。今回の大統領選挙では失業、汚職腐敗、ヘルスケアなどの問題も争点になっているようだが、誰が大統領になるにしろ、この国の人々に幸多かれと祈らずにはいられない。