トランプ米大統領が引き起こした貿易戦争は、2回目のG7でも収まる気配がない。互いに新たな障壁を設けたり、関税を引き上げたりし続ければ、世界は第二次大戦前夜の様相になるだろう。各国ともかつての苦い経験を知っているから、喧嘩は素手で殴り合う程度で収まっているが、いつどういう形で円満に収まるのか、目途が立たない。
目途の立たない“戦争”に何故トランプ氏は打って出たのか。端的に米国にとって貿易の現状が不公平過ぎると判断したのだろう。あらゆる分野でダントツだった米国はWTO体制の下で貿易を続けた結果、いつの間にか二流国に落ちた。世界の警察官として振る舞うこともできない。日、欧主要国と経済レベルも似通ってきた。最も腹が立つのは、中国にうまくやられて、将来、軍事的にも逆転されかねない地位にあることだろう。トランプ氏の「アメリカ・ファースト」の叫びは、アメリカ人の腹の底に溜まっていた怒りに強くアピールしたに違いない。
多角的な貿易協定を嫌って、取り敢えずNAFTA(北米自由貿易協定)をやり直すことになった。同協定は米国とカナダ、メキシコとの3ヵ国貿易協定だが、米国だけが貿易赤字が出る結果になっている。メキシコで製造された自動車は無税で米国に輸入される。とすれば、車メーカーは賃金の安いメキシコに工場を建てるはずだ。NAFTAは極端な例だが、WTO(世界貿易機関)のルールは、途上国が有利になるように案配されている。
この有利さに付け込んで儲け放題儲けてきたのが中国である。WTOに中国が持ち込んだ紛争件数は米、欧に次いで3番目だが、実際には中国は自由貿易違反のデパートだ。知的財産権侵害は商品や商標の海賊、不法コピーからハイテクの盗用まで数え出したらキリがない。米国はこれら違反をWTOに訴えているが、判決が出ても弁償されない。稼ぎまくったカネが軍事力に注ぎ込まれたのも口惜しい。
そこでトランプ氏は中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)に罰金など14億ドル(約1500億円)を支払わせた。米商務省によるとZTEは10億ドルの罰金を払い、新たな違反を犯した場合、没収する分として4億ドルを預ける。ZTEは17年に約9億ドルの罰金を科せられている。そこでZTEの経営陣の総入れ替えと10年間の専門家による監視を命じ、中国側は呑んだ。ZTEはイランや北朝鮮に通信機器を違法に輸出し、米政府に虚偽の報告をしたという。中国が米国の貿易赤字の47%を占める原因は、社会主義市場経済という訳の分からぬ化け物が自由市場を自由自在に動き廻れるからだろう。
トランプ氏が言っているのは、①WTO体制が制度疲労を起こし、公平に作用しなくなっている。②これを利用し、中国は泥棒のように儲けている――の2点だ。TPP11はできたばかりだが、既成の制度は見直しが必要なのではないか。
(平成30年6月13日付静岡新聞『論壇』より転載)