ワールドカップ・サッカー賭博で揺れるベトナム

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 今、ベトナムがワールドカップ・サッカーをめぐって揺れに揺れている。ベトナムのサッカー熱は相当なものだが、勿論、自国の代表チームがロシアで戦っているわけではないので、騒ぎの原因は別のところにある。賭博である。
 今年に入って、ベトナムでのカラーTVの売れ行きが前年比で20-30%増というすさまじい勢いを示していたが、その背景にはワールドカップ・サッカーをTV観戦しようという需要があると言われていた。観戦するだけなら結構なことだが、そこは賭け事好きのベトナム人、何人か集まれば「賭場開帳」となる。まあ、小銭を賭けている分にはご愛敬だが、インターネットを使った大 規模賭博となると公安当局がだまっていない。既に違法賭博の容疑で大勢の逮捕者が出ている。大金をすった者の中には自殺未遂者も出ていると言うから事は穏やかではない。
 もともと、ベトナムでは少額賭博であれば当局の許可を得て開業することが可能である。昨年3月に公布された政令によれば、1回当たりの賭け金が1万ドン(約50円)、1日の総額が100万ドン(約5000円)までならOKということのようだ。ただ、今回逮捕された者の中には日本円で億円単位の賭場を開いていたケースがあったらしい。4年前のワールドカップの際にはインターネット・サイトで総額70億円を超える賭博を行ったとして開帳責任者が逮捕されているから、今回は今のところスケールは小さい。逮捕者も前回は全国で660件、3800人近くに上ったらしいので、これから続々と逮捕者が出るのだろう。
 ただ、少額賭博の場合でもその影響は大きい。今回のワールドカップのように番狂わせが相次ぐと、損失金は数万円になり、払えない者は質屋に物を持ち込んで現金を入手しようとする。最も多いのが携帯電話の質入れで、質屋には携帯電話が溢れかえっているらしい。ベトナム人は高級な機種を持っている者が多いので、質入れすれば数万円の現金は入手できる。勿論、彼らにとって携帯電話は必需品なので、次の賭けでは確実に勝てそうなチームに賭け、その日のうちに機器を回収しなければならない。その「確実に勝てそうなチーム」が世界ランク1位で、前回の覇者であるドイツということになると、大変な悲劇が待ち受ける。グループFでドイツはスウェーデンに勝ったものの、メキシコ、韓国に敗れて、何と予選敗退してしまったのである。
 南部ホーチミン市では大負けをした33歳と47歳の男2人がネズミ駆除剤を飲んで自殺を試みたという。病院に緊急搬送されたために一命をとりとめたらしいが、騒ぎは大きくなった。2人の中の1人、33歳の男は荷車の運転手なのに140万円ほどの損失を出していたという。ベトナム人労働者の平均所得は日本人の10分の1くらいだから、損金額の大きさは異常である。また、固定電話が十分に普及していないベトナムでは、家族間の連絡(特に妻から夫へ)は間違いなく携帯電話で行うので、これを質入れしてしまえば「家庭争議」が起こることも必定である。人情沙汰に及ぶ可能性もある。ドイツ敗北の責任は実に重い。