去る4月にドイツ紙が報じたところによると、北京に駐在する(ハンガリーを除く)EU27ヵ国の大使が中国政府に連名の書簡を送り、一帯一路構想(BRI)の取り進め方に注文を付けたという。その注文内容は「BRIの推進に当たっては、透明性、労働基準、債務の持続可能性(サステナビリティ)、オープンな調達手続、環境保護の諸原則を中核とすべし」というものだったらしい。さすがに「国家主権・人権の尊重」の文言まで入れることは控えたようだが、まあ、中国政府への注文としては妥当な内容だろう。
確かに、最近、EU各国は中国による巨大インフラ事業の世界的展開による影響力の拡大に懸念を強め始めている。去る1月に北京を訪問したマクロン仏大統領はBRIについて「この帯と路が通過する国々を属国化し、覇権を確立する新たな手段であってはならない。過去のシルクロードは中国の専有物ではなかったし、一方通行でもなかった。」と警告を発している。2016年に中国の海運会社COSCOがギリシャのピレウス港について、また、昨年は債務返済不能に陥ったスリランカ政府からハンバントタ港について、それぞれの長期運営権を取得した中国の行為は、安全保障上の問題も絡んで欧米諸国の懸念を呼び起こすことになったようだ。
中国からすれば、これらの行為はすべて関係各国との合意の下で実施されたものであり、BRIに関わる全てのプロジェクトも資金ニーズのあるところに商業ベースの借款を貸与した結果であるので、第三国から文句を言われる筋合いはない、という考えだろう。他方、プロジェクトの実施国側にも国内の政治・経済運営や人権状況に条件を付けられることなく大金を借りられるのは中国の資金のみであり、かつ、中国との関係強化はインドやロシアを牽制する意味で悪い選択肢ではない、と思っている節がある。
EU諸国は、2014年、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立に大挙して参加した。この銀行が融資するインフラ整備事業に自国業者が参画することでそのおこぼれに預かりたいとの思惑が見え見えだった。ところが、実際には、プロジェクトの90%近くが中国の業者によって落札され、「おこぼれ」は期待したほどではないと判ると失望が広がる。むしろ欧州企業は「排除されている」のが実態だろう。AIIBは目下のところ国際開発金融機関というよりは中国の専有機関としての性格がむき出しであり、世銀やアジア開銀が積極的に関わらない限りこうした状況を変えるのは難しいのではないか。
しかし、風向きの変化もある。ネパールやミャンマー、直近ではマレーシアにおいてBRIプロジェクトを中止、ないし見直す動きが出ている。パキスタンやラオス、ジブチ、タジキスタン、キルギスタン、モンテネグロといった国々においても、中国からの多額の商業借款によって国の債務残高が著増していることへの懸念の声が出始めている。また、スリランカの例のように、政治指導者が中国からの借款を利用して自分の地元に不要不急の空港やスポーツ施設などを作り、選挙を有利に運ぼうとする「政治案件」が多くなっていることへの不満もある。
かつて気候変動問題が国際的な重要関心事になり始めた時、中国政府は、地球温暖化は産業革命以来先進国が惹き起こしてきた問題であり、温暖化ガスの排出削減義務はもっぱら先進国が負うべきだと強く主張していた。特に、2010年、京都議定書(先進国だけが温暖化ガスの排出削減義務を負う合意)の延長問題が議論されたCOP16では、「中国を含む主要排出国の全てが参加する新しい枠組みを創らない限り実効性のある地球温暖化防止は不可能」と主張する日本を口汚く、かつ執拗に非難した。ところが、今では、その当時のことをすっかり忘れ、温暖化防止に向けた国際努力のけん引役もどきに振舞っている。
一帯一路構想やアジアインフラ投資銀行についても中国はいずれ世界の失望を買い、反発にも遭って、軌道修正を迫られる時が来る。中国からすれば、19世紀後半に中国大陸を食い物にし、その利権を強奪した欧米諸国に今さらとやかく言われたくない、というのが本音かも知れないが、地球温暖化問題の事例のように、いつの間にか自己主張を引っ込めて「良い子」を演じなければならない時が来るのではないか。