ブラジルの大統領選挙が9日後に迫っている。10月7日に第1回投票が行われ、28日に上位2候補による決選投票が行われる。今回の選挙の最大の関心は、ブラジルにトランプ米国大統領の相似形といわれる新大統領が誕生するか否かである。
くだんの人物は泡沫政党から立候補したジャイル・ボルソナロ下院議員(63)である。極右ポピュリズムを代表する彼は、選挙戦の最終版に来て世論の支持を一気に集め、英誌「エコノミスト」が今月19日までの40日間に実施した世論調査で大差の1位になっている。直近2度の大統領選挙で勝利し、13年間にわたって大統領職を占有してきた労働者党の候補者、フェルナンド・アダジ元サンパウロ市長(55)に10%近い差をつけ、第1回投票で最多票を獲得することが確実視されている。
今回の選挙キャンペーンを通してボルソナロ候補の発言は物議をかもし続けた。「ブラジルの女性国会議員はブスばかりだからレイプされる心配はない」、「息子がオカマになるくらいなら死んでくれた方が良い」、「犯罪を減らす最良の方法は全ての犯罪者をぶち殺してしまうことだ」等々、問題発言の連発である。とうとう今月6日には選挙集会の場で暴漢に腹をナイフで刺され、入院する始末。これで更に国民的人気が沸騰したようだから、ブラジルの選挙は分からない。
ブラジル国民は旧来型の政治家にへきえきしているようだ。経済が長期低迷する中、汚職腐敗は留まるところを知らない。ここ3代の大統領は汚職事件で逮捕されたり、弾劾されたりが続いている。最近の「洗車事件」では数百名の国会議員に収賄の嫌疑がかけられ、捜査の対象になっているという。ボルソナロ候補に人気が集まるのは彼が「これまでの政治家とは違う」という印象を国民に与えているためである。
ブラジルは「犯罪大国」でもある。麻薬がからむ事件も多い。主要な発展途上国の中では南アフリカに次いで高い失業率(12~13%)も社会不安の背景にある。毎年メキシコのシンクタンクが発表している「世界で最も危険な都市ランキング」(2017年)によれば、人口30万人以上の都市の中の危険度トップ50に何とブラジルの17都市が入っている。昨年1年間で64000件の殺人事件が発生しているというから、何ともあきれる。
さて、ボルソナロ候補が決選投票に進んだ場合にどうなるかだが、労働者党のアダジ候補との戦いになれば、その結果は予断できない。多くの政党が労働者党と手を組む可能性があるので、支持政党ベースで見れば戦いは明らかに不利である。ただ、国民の多くが既成政党に失望しているし、特に中間層や高所得層は労働者党による過度な労働者優遇政策に反発しているので、ボルソナロ候補にも勝機がないわけではない。
ただ、彼が大統領になったとして大胆な政治改革が出来るかというと、どうも悲観的な見方が多い。大統領個人に人気があっても泡沫政党出身とあっては議会で多数を制することは困難であり、他党と連立すれば政策面で妥協を迫られ、結局は旧来型の政治に戻らざるを得ないだろうとの見立てである。ブラジルの国会には30近い政党が議員を送り込んでおり、単独で過半数を抑えるのは土台無理な状況にある。
ところで、私は今年3月のブログで、ブラジルが「年金大国」であることを紹介したが、この改革に挑んだ現大統領は見事大失敗して、失脚寸前の状況に追い込まれた。元公務員は退職直前の給与水準に相当する額の年金を支払われており、このため、連邦政府は予算の56%を年金財政に充てている。公的債務は既にGDPの84%まで膨らみ、財政赤字は7%(因みに日本は3.8%)を超えている。
ボルソナロ候補はいろいろな面でトランプ米大統領に似ているが、経済顧問にシカゴ学派の自由経済主義者をかかえている点だけは異なる。彼が国家財政再建に成功すれば「瓢箪から駒」だが、その前に、そもそも彼が大統領になれるかどうかが見通せない。