F2戦闘機の後継機
今年3月、某紙に「防衛省は2030年ごろから退役する航空自衛隊の戦闘機F2の後継機について、国産開発を断念する方向で最終調整に入った」という記事が載った。これに対し、小野寺五典防衛相は記者会見で「現時点でどのような判断を行うかは何ら決まっておらず、国産開発を断念したという事実はない」と述べたという。
F2戦闘機は、戦後初めて国産開発したF1支援戦闘機の後継機として、昭和56年(1981年)頃から研究が進められた。その後、紆余曲折を経て国産開発は断念し、米国製F16戦闘機をベースとした日米共同開発を実施した。平成7年(1995年)、試作機が完成し、初飛行。平成23年(2011年)まで生産が続けられ、試作機4機を含む98機が製造された。
このF2戦闘機が2030年頃から寿命を迎える。後継機に関し、白紙的には「国産(国内開発、国際共同開発、ライセンス国産)」「現有機転用」「外国機導入」の選択肢がある。現在、防衛省を中心に検討が行われているが、もし開発(国内開発、国際共同開発)を選択するのであれば、10年余りの歳月を要するので、そろそろ決断しなければならない。
平成25年(2013年)12月に閣議決定された「中期防衛力整備計画」(以下「中期防」)には「将来戦闘機(F2後継機)に関し、国際共同開発の可能性も含め、戦闘機(F-2)の退役時期までに開発を選択肢として考慮できるよう、国内において戦闘機関連技術の蓄積・高度化を図るため、実証研究を含む戦略的な検討を推進し、必要な措置を講ずる」とある。今年は、中期防最終年度であり、何らかの「必要な措置を講ずる」必要がある。
技術力は自らが開発しなければ培われない
戦闘機は、「兵器の独立なくして、真の国家独立はあり得ない」(大山巌)とあるように、国内開発が望ましい。だが、国内開発は巨額のコストがかかる上に、日本の場合、武器輸出の制限が緩和されたとはいえ、事実上、市場は航空自衛隊(以下「空自」)に限られることから、量産機数は限られ、割高になるのは否めない。ならば米国製導入が、費用対効果上も望ましいかというと、そう単純な話でもない。
技術力は国力そのものである。国土国情に適した防衛装備品を生産できる技術力をもつこと、また装備品を維持、整備、改修できる基盤を持つことは潜在的抑止力であり防衛力そのものである。この生産、技術基盤は自らが開発・生産(ライセンス国産含む)することによってしか培われない。
民間企業に依存する航空防衛力
戦闘機は地上にあっては無力であり、最新鋭機を導入しても、これを維持、整備、運用できなければ無用の長物である。この維持、整備は空自だけでは実施できない。帝国海軍には海軍工廠という後方支援組織があった。だが、自衛隊には工廠組織はない。平時、有事を問わず、空自戦闘機の修理は、約1500社といわれる民間会社に依存している。有事に「戦場で傷ついた戦闘機」を空自だけでは修理できないのだ。
これまで、空自の主力戦闘機(F86,F104,F4,F15)は、設計図を米国から購入し、国内生産するという「ライセンス国産」で調達してきた。三菱重工を主契約者とする約1500社の民間会社がこれを請け負ってきた。当然、ライセンス国産は直接購入するより割高になる。だが、戦闘機の生産や大規模修理ができる技術基盤を持つことができた。だから「戦場で傷ついた戦闘機」も、国内で修復できたのだ。
「ライセンス国産」の時代は終わった
戦闘機は先端技術の塊であり、「秘密の塊」といえる。近年のライセンス国産は、「秘中の秘」の技術は開示されなくなった。ブラックボックスの比率が増加し、金さえ払えば何でも設計図が買える時代ではなくなった。
今般、空自が導入した最新鋭戦闘機F35はライセンス国産が許されず、FMS(Foreign Military Sales:対外有償軍事援助)調達となった。日本で組み立てることから、ライセンス国産と勘違いしている人もいるが誤りである。日本ではFACO(Final Assembly and Checkout )、つまり部品を「最終組立」し「検査」するだけである。そこで得られる先端技術は何もない。搭載機器も国産はほとんどなく、防衛産業が得られるものはない。加えて維持、整備もFMSで「買う」形となった。簡単に言うと、「稼働率」を購入するわけだ。
これまで現場隊員と民間会社が一致協力し、血の滲むような努力で、世界一といわれる戦闘機の高稼働率、高品質を維持してきた。F35ではそうはいかない。稼働率をFMS購入するため、「血の滲む努力」の余地はなくなった。しかも全世界のF35の整備支援を米国が一元的に集中管理しているため、日本に優先的に補用部品が割り当てられるとは限らない。悪し様に言えば、戦闘機の稼働率も金次第、米国次第になった。
米国でも過度の依存は避けるべき
「兵器の独立なくして、真の国家独立はあり得ない」という言葉を借りるまでもなく、兵器の外国への過度な依存は避けるべきである。兵器は主権行使のための「ツール」であり、外国への過度な依存は、主権自体が制限を受けかねない。
1978年、イラン革命によってパーレビ国王が国外追放された。当時、イラン軍の大半の兵器は米国製で占められ、維持、整備も米国に依存していた。革命後、反米政権ができ、米国はイランへの輸出、支援を中止した。保有していた最新鋭のF14、F4戦闘機の稼働率は、瞬く間に低下した。1980年の「イラン・イラク戦争」でイランが勝利できなかった要因がここにある。
現在、サウジアラビア軍は全面的に米国に依存している。サウジアラビアが米国製最新兵器を導入するのに対し、隣国イスラエルは懸念を示さない。米国の匙加減でサウジ軍が機能しなくなることをイスラエルは知っているからだ。
中国戦闘機はほとんどがロシア製、もしくはロシア製の模倣である。エンジンも模倣するが、同じ性能が発揮できていない。戦闘機を過度にロシアに依存している中国は、ロシアに対し頭が上がらない。
米国は日本にとって唯一の同盟国であり、米国依存はやむを得ないという声もある。だが独立国である以上、全面依存は避け、軍事的自立の幅を広げる努力は続けなければならない。
空自の戦闘機3機種体制の意義
これまで空自の戦闘機は、3機種体制をとってきた。2機種は米国製とするが、残り1機種は開発するというものである。
戦闘機は必ず複数機種を持つ必要がある。不具合が生じた場合、全機飛行停止にして原因究明して対処するが、1機種であれば、その時点で航空戦力がゼロになるからだ。では空自は何故2機種でなく、3機種体制をとっているのか。以前、2機種は要撃戦闘機、1機種は対地攻撃を主とする支援戦闘機と区分されていた。だが、戦闘機の高性能化により、戦闘機はマルチロール化され、平成16年の防衛大綱からは区分が廃止されて「戦闘機」と統一された。
空自は米軍との相互運用性を考慮しつつ、時代の最先端の米国製戦闘機を導入してきた。これが第一の機種である。最新鋭機が導入されると、それまで主力の座にあった戦闘機は、主力の座を譲るものの、最小限の改修を施して使用し続けた。これが第二の機種である。具体的には、F4とF104の関係やF15とF4の関係がそうである。現在、F35が導入され、F15は主力の座を譲り、F35とF15とが第一、第二の関係となりつつある。
戦闘機の物理的耐用命数は30年~40年だが、軍事科学技術の進展は著しく、陳腐化が早い。航空戦力は質を量では補えないため、改修を施さねば軍事的耐用命数が尽きてしまう。最新鋭機で全戦闘機を入れ替えるのは、経費が嵩む上、単一機種の問題点が生じる。従って最小限の改修を施し、軍事的耐用命数を伸ばして最新鋭機と共に使用することが費用対効果上、合理的である。このように空自は米国製の2機種をHi―Lowミックスとして使用してきた。
第三の戦闘機は、別次元でとらえてきた。日本の場合、戦闘機の維持、整備は民間分野が担う。民間の技術力、生産力は、自衛隊への後方支援能力そのものであり、戦力発揮に死活的である。この能力は、戦闘機を開発することで培うことができる。ライセンス国産でも、ある程度培うことができるが、ライセンス国産自体認められない趨勢にある。民間技術力は軍事的自立の幅を広げるのに欠かせない。国内に蓄積される高い技術力は、日本にとって数少ない対米バーゲニング・カードである。日米同盟は大切にする一方で、米国への過度な依存を避ける努力は必要である。このため、第三の機種については国内開発、共同開発を実施してきた。
開発のメリット、ディメリット
これまで戦闘機の開発で得られた最先端技術は、「スピンオフ」して民間部門の技術を牽引してきた。近年ではF2の複合材技術がその典型である。F2後継機開発が生み出す先端技術が次世代の民間技術に活かされることは間違いない。加えて外国製戦闘機は、必ずしも日本の防衛構想に合致しないことがあるが、開発だと日本の構想に合致した戦闘機が作れる。
FMS調達では、防衛予算が米国に流れるだけだが、開発では、日本で費やされる。日本の技術力向上に寄与するのは勿論、経済活性化にも好影響を与え得る。平成23年度のFMS予算額432億円に対し、平成30年度は4102億円と急増している。近年、防衛予算は微増なので、この増加分は本来日本で費やされるはずだった予算が米国に流れたわけだ。その結果、民間会社は疲弊し、防衛部門からの撤退が相次いでいる。日本の技術基盤、つまり自衛隊の後方支援能力自体が崩壊の危機に瀕している。
ディメリットは、何より莫大な経費が掛かる点だ。F2共同開発の際、開発経費見積もりは当初約1650億円を計上していたが、結果的には約3370億円に膨れ上がった。この時、米国の常識では1兆円以上は必要と米側は懐疑的だった。ただ米国の予想額の約1/3で成し遂げたというのは、日本人の器用さ、勤勉さの為せる業に違いない。
戦闘機は改修し続けなければ、直ぐに「戦力外」となる
最大の懸念は、そもそも日本に将来戦闘機を造る能力があるのかという点である。今後約40年後まで運用するが、国際秩序に挑戦する中国に対峙して航空優勢を獲得できる戦闘機を造れるのかという点だ。
日本の最大の弱点は、戦いのノウハウの蓄積がないことである。それなりの技術はあるが、戦後一度も戦った経験がなく、現代戦の知識にも疎い。なるほど日本単独の開発にはリスクがある。だが、完成後も自在に改修して能力向上を図れるメリットは大きい。
戦闘機は導入後、約40年使用する。その間の軍事科学技術の進展は著しく、当然戦いの様相も変化する。戦術環境の変化に適応すべく、都度改修して進化させていかねば直ぐに「戦力外通告」を受ける。開発では、情勢の変化に応じ、そして教訓、戦訓を反映して、随時能力向上改修が可能である。だが、FMS購入ではこれができない。F35には最新鋭の国産ミサイルでも搭載できないのだ。ライセンス国産では、改修はできるが相手国の許可が必要である。また日本の技術は相手国に開示せねばならず、その上に時間と金がかかる。
国内開発では、開発完了直後の完成度は高くなくても、軍事技術の進展や戦術環境の変化にあわせて、間髪を入れず改修、進化させていけるメリットは大きい。このメリットは「将来戦闘機を造る能力」に対する懸念を補える。
F2開発時の苦い経験
日米関係という政治的な懸念もある。F2の開発にあたっては、米国の横やりが入り、担当者をして「このような形の日米共同開発は、二度としてほしくない」と言わしめた。
F1支援戦闘機の後継機(FS-X)の研究は、昭和56年(1981年)頃から着手し、昭和60年(1985年)年10月、防衛庁(当時)で総合検討が開始された。この頃は、日本を経済的脅威とみなす日米貿易摩擦がピークを迎えた時期であった。米国は航空機分野も日本に席巻されないか懸念し、日本単独による戦闘機開発を阻止しようとした。昭和61年(1986年)年7月、栗原祐幸防衛庁長官(当時)は後継機検討の3原則「軍事的合理性、日米の相互運用性、あらゆる圧力の排除」を示した。だが皮肉にも米国からの「圧力」で国産独自開発は断念させられた。
昭和62年(1987年)3月、不幸にも東芝機械事件や半導体協定違反事案が重なり、対日経済制裁が発動された。7月には米国上院で、FS-Xは米機を購入すべしという要求が決議されている。厳しい雰囲気の中、10月には栗原防衛庁長官とワインバーガー米国防長官の間でF16をベースとする「FS-Xの日米共同開発」が合意され、昭和63(1988)年11月、交換公文および了解事項覚書(MOU)の調印にこぎつけた。
一件落着に思えたが、昭和64年(1989年)1月、国防タカ派が巻き返し、FS-X日米合意の再検討を要求し、上院議員12名がブッシュ大統領あてに合意見直しの書簡を提出し、大統領は3月、合意見直しを決定した。
幸い米国防省は通商問題と切り離して対応し、日本側も妥協点を模索した。熾烈な日米協議の末、ワークシェア40%の保証、フライト・コントロール・システムのソースコードの不開示、日本側のFS-X関連技術に米国側が自由にアクセスできることなど、米側が圧倒的有利な形で決着がついた。その後も、派生技術/非派生技術の区分、技術のフローバック問題等、理不尽な米側の要求を受け入れ、検討作業開始から約15年を経て平成12年、量産初号機が納入された。
目的を見失わずに対米交渉を
F2後継機の開発と言った途端、上記経緯を知っている関係者はたじろいでしまうことが多い。だが、開発可否の決定時期は来ており、これ以上先送りはできない。80年代と今の日米関係は異なり、筆者は全く同じ問題が生じるとは思わない。この8月、F2後継機として、米国が「門外不出」としてきたF22戦闘機を主体とした改修案をロッキード・マーチン社が防衛省に提案してきた。既に国防省の承認を得ているというから、時代は変わったものだ。だが楽観は禁物である。
第三の戦闘機の開発は、国内の生産、技術基盤を培い、軍事的自立の幅を広げるという大目的がある。従って、日本が主導権を握る共同開発でなければ意味はない。これまでF22は改修の必要性が指摘されてきた。どうせ改修するなら、日本に金を出させろという米側の思惑に安易に乗ってはならない。目的を見失わず、更に検討が必要だ。
トランプ政権は対日貿易赤字の是正を迫っており、今後、米国戦闘機のFMS調達を要求してくる可能性もある。9月26日の日米首脳会談後の記者会見で、ドナルド・トランプ米大統領は「日本はすごい量の防衛装備品を買うことになった」と述べた。だが事は日本の主権の問題である。米国は最も重要な同盟国であり、米国の意向を無視するわけにはいかない。さりとて、唯々諾々と米国の言い分を飲むだけでは独立国とは言えない。粘り強く日本の立場を主張し、Win-Winを目指すべきだろう。
戦闘機3機種体制を死守せよ
空自の戦闘機3機種体制は、今後とも維持すべきである。第三の戦闘機については、開発は割高になるといった視野狭窄、近視眼的発想ではなく、国力という戦略的判断が必要だ。平成16年の防衛大綱以来、「支援戦闘機」の区分はなくなったので、ここでF2後継機をFMS調達にすると空自戦闘機は自ずと2機種体制に収れんする。そうなると二度と戦闘機開発の機会はなくなり、日本における生産、技術基盤は永遠に潰え去ることになる。
これまでF2後継機開発の為、約1900億円をかけてステルス技術、電子システムの実証を終え、世界最高レベルの15トンエンジンも試作品を完成させた。ここで開発を止めると、これらの努力は水泡に帰し、技術者も雲散霧消する。技術は、伊勢神宮の式年遷宮が20年毎に実施されて継承されるように、継続によって継承される。まさに日本の技術力、生産力が分水嶺に差し掛かっているのだ。
戦闘機3機種体制が崩壊すれば、米国に対するバーゲニング・パワーは完全になくなるだろう。今後、米国の言いなりで米国製戦闘機を購入し、維持、整備も米国の意のままになりかねない。日本は益々米国に対し弱い立場に置かれることになる。日米同盟は重要である。さりとて米国への兵器の過度な依存は禁物である。政府には長期的視点で戦略的判断を求めたい。