「米中ハイテク覇権争い」により世界はブロック化する
北京で開催されていた2019年の全国人民代表大会(全人代)が終了したが、トランプ政権を刺激する「中国製造2025」に言及する者はいなかった。あたかも、米中貿易戦争下において、鄧小平の「韜光養晦(とうこうようかい)」(才能を隠しながら、内に力を蓄え、強くなるまで待つこと)が復活したような状況である。
李克強首相は、中国政府が中国企業にスパイ行為をさせているという欧米の批判に対して、「(スパイ行為は)中国の法律に適合せず、中国のやり方ではない。スパイ行為は現在も将来も絶対にしない」と反論した。しかし、私はこの主張を全く信じないし、これを信じる中国専門家はほとんどいないであろう。中国は、過去において国家ぐるみで先端科学技術等の入手を目的としたスパイ活動を活発に行ってきたし、現在も行っていて、将来においても必ず行うであろう。李首相の発言は、中国要人の「言っていることとやっていることが違う」という言行不一致の典型である。
習近平主席が「中華民族の偉大なる復活」「科技強国」「製造強国」路線を放棄するわけもなく、トランプ政権が求める構造改革に応じず、結果として「米中の覇権争い」特に「米中のハイテク覇権争い」は今後長く続くであろう。
米中ハイテク覇権争いの焦点になっている華為技術(ファーウェイ)は、全人代開催中の3月7日、「米国で2018年8月に成立した国防権限法によってファーウェイの米国事業が制約を受けているのは米憲法違反だ」として米国政府を提訴し、全面的に戦う姿勢を見せている。ファーウェイの第5世代移動通信システム(5G)は、スウェーデンの通信機器大手エリクソンやフィンランドのノキアなどの競合他社を性能と価格で凌駕していると評価されている。世界の通信事業者にとってファーウェイは魅力的な選択肢である一方、米国側にはファーウェイを凌駕する代替案がないのが現実である。
トランプ政権は、安全保障上の脅威を理由にして、ファーウェイを米国市場のみならず同盟諸国などに圧力をかけて世界市場からも排除しようとしている。その結果、世界は米国のブロックと中国のブロックに二分されようとしている。
しかし、米国の同盟国のファーウェイ排除の動きは一致団結したものにはなっていない。日本やオーストラリアなどは米国の意向に沿う決定を一応下しているが、ドイツや英国は米国のファーウェイ排除の要請に対してあいまいな態度を取っている。その理由は、なぜファーウェイが安全保障上の脅威であるかを証明する具体的な証拠を米国が提示していないこと、トランプ大統領が同盟諸国に対して同盟を軽視するような言動を繰り返してきたことに対するドイツなどの欧州主要国の反発などであろう。
米国は、5Gにおいて世界を米国のブロックと中国のブロックに二分する政策を取りながら、米国ブロックに囲い込まなければいけない欧州主要国の明確な支持を取り付けられていない。
このような状況下で、英国の有力紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は「ファーウェイ、排除ではなく監視が必要」[1]という社説を掲載し、「各国政府はファーウェイ製品の使用を禁じるよりも、監視を続けていくことが自己利益につながる」と主張した。
「ファイブ・アイズ」でも異なるファーウェイ排除の姿勢
米国主導で機密情報を共有する5カ国の枠組み「ファイブ・アイズ」の国々のファーウェイ排除の姿勢はバラバラになっている。
かつて米国と密接不可分な同盟関係にあった英国は、ファーウェイ排除の姿勢を明確にはしていない。英政府通信本部(GCHQ)の指揮下にある国家サイバーセキュリティーセンター(NCSC)が、「ファーウェイ製品を5G網に導入したとしてもリスクを管理することは可能だ」という結論を出した。英国はこの春にファーウェイの処遇を決めるが、ドイツとともに排除しない方向に傾いている可能性がある。
これに対して、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の報告書[2]は、「ノキアやエリクソンではなくファーウェイの通信機器を使用するのは甘い考えと言うしかなく、最悪の場合は無責任ということになる」と批判している。安全性のはっきりしない機器は、これを排除する方が安心だというのだ。英国の有力な機関が全く違う見解を公表しているのだ。
一方、豪国防信号局は「通信網のいかなる部分に対する潜在的脅威も全体への脅威となる」として、ファーウェイを5Gに参入させないよう求めている。オーストラリアやニュージーランドは5G網にファーウェイ製品を使わないことを決定している。
ドイツは米欧州軍司令官の警告を受けた
米欧州軍司令官(NATO軍最高司令官を兼務)スカパロッティ(Curtis Scaparrotti)大将は、3月13日の米下院軍事委員会において、「5Gの能力は4Gとは圧倒的な差があり、NATO諸国の軍隊間の通信に大きな影響を与える。NATO内の防衛通信において、(ドイツや欧州の同盟国がもしもファーウェイやZTEと契約するならば)問題のある軍隊との師団間通信を遮断する」と発言した[3]。この発言は、ファーウェイの5Gを導入する可能性のあるドイツなどをけん制する下院議員の懸念に答えたものだ。このスカパロッティ大将のドイツに対する警告は、日本への警告と受け止めるべきであろう。
ドイツは、ファーウェイを名指しでは排除しない方針だが、メルケル首相は「米国と協議する」と発言している。また、ドイツで5G網の整備を目指す英国のボーダフォンCEOは「ファーウェイ製品を使わなければ整備は2年遅れる」と指摘して、ドイツの5G網の整備をめぐる苦悩は大きい。
新たに判明したファーウェイの野望
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は3月14日付の記事[4]で、世界のインターネット網の支配をめぐる米中の海底バトルを紹介している。米中の海底バトルとは、海底ケーブル(海底に敷設された光ファイバーの束)を巡る戦いだ。現在、世界で使用されている海底ケーブルは約380本あり、それらが大陸を連結する音声・データトラフィックの約95%を伝送していて、ほとんどの国の経済や国家安全保障にとって不可欠な存在となっている。下図(出典はWSJ)を参照してもらいたい。
ファーウェイはこの海底ケーブル網に食い込んでいる。ファーウェイが過半数の株式を保有する華為海洋網絡(ファーウェイ・マリン・ネットワークス)は、全世界において驚くべきスピードで海底ケーブルを設置し、業界を支配する米欧日3社に急速に追いつきつつある。海底ケーブル分野では米国のサブコムとフィンランドのノキア・ネットワークス(旧アルカテル・ルーセント)の2社による寡占状態にあり、日本のNECが3位につけ、ファーウェイは4位につけている。
ファーウェイが海底ケーブルに対する知識やアクセス権を保有することで、中国がデータトラフィックの迂回や監視をするデバイスを挿入したり、紛争の際に特定の国への接続を遮断する可能性が指摘されている。こうした行為は、ファーウェイのネットワーク管理ソフトや沿岸の海底ケーブル陸揚げ局に設置された装置を介してリモートで行われる可能性があるという。
米国等の安全保障専門家は、海底ケーブルに対するスパイ活動や安全保障上の脅威について懸念を表明し、「ファーウェイの関与によって中国の能力が強化される可能性がある」「海底ケーブルが膨大な世界の通信データを運んでいることを踏まえれば、これらのケーブルの保護が米政府や同盟国にとって重要な優先事項である」と述べている。
ファーウェイは一切の脅威を否定し、「弊社は民間企業であり、顧客や事業を危険にさらす行為をいずれの政府にも要請されたことはない。もし要請されても、拒否する」と反論している。
デジタル・シルク・ロード(DSR)とファーウェイの関係
中国は広域経済圏構想「一帯一路」の一環として、海底ケーブルや地上・衛星回線を含む「デジタル・シルク・ロード」の建設を目指している。中国政府のDSRに関する戦略文書では、海底ケーブルの重要性やそれに果たすファーウェイの役割が言及されている。
中国工業情報化省付属の研究機関は、海底ケーブル通信に関するファーウェイの技術力を称賛し、「中国は、10~20年以内に世界で最も重要な国際海底ケーブル通信センターの1つになる態勢にある」と述べた。
ファーウェイ・マリンは、「一帯一路やDSR計画で正式な役割は一切果たしていない」と説明しているが、ファーウェイが中国政府の大きな戦略に組み込まれていることは否定のしようがないであろう。
米国側につくか?中国側につくか?我が国は曖昧な態度を取るべきではない
既に記述した米欧州軍司令官スカパロッティ大将の「(ドイツや欧州の同盟国がもしもファーウェイやZTEと契約するならば)問題のある軍隊との師団間通信を遮断する」という警告は、日本にも向けられていると認識すべきだ。日本にとってのファーウェイ問題は、米国が安全保障上の脅威と認識する以上、その意向を無視する訳にはいかない。何故ならば、我が国が直面する中国の脅威は、欧州諸国が直面する脅威とは比較にならないくらい大きいからだ。
我が国の報道では、2018年12月10日の関係省庁申し合せ「IT調達に係る国の物品等又は役務の調達方針及び調達手続きに関する申し合わせ」を根拠として、防衛省・自衛隊がファーウェイ等の中国企業から物品役務を調達することはないとされているが、この申し合わせには中国企業名が列挙されている訳ではなく、あいまいさが残る。よもやそんなことはないと思うが、もしも自衛隊の装備品にファーウェイの技術や製品が入っている場合、米軍は「自衛隊との通信を断つ」と宣言するであろう。米軍にそう引導を渡されて慌てふためくことがないように、今から断固としてファーウェイやZTEなどの中国企業の製品を排除すべきだろう。
その点で、日本政府のファーウェイ等の中国企業名を明示しないというあいまいな態度はいかがなものか。米国政府は、本気でファーウェイ等の中国企業を米国市場から排除しようとしている。我が国は、ドイツや英国のようなあいまいな態度を避け、断固として米国の側につくべきである。
気になるのは、安倍晋三首相の3月6日の参院予算委員会での発言だ。安倍首相は、日中関係について「完全に正常な軌道へと戻った日中関係を新たな段階へと押し上げていく」「昨年秋の訪中で習近平国家主席と互いに脅威とならないことを確認した」と発言したが、本当に日中関係が「完全に正常な軌道」に戻ったのか、本当に中国は脅威ではないのか?このような楽観的な対中認識は、トランプ政権の厳しい対中認識とは明らかに違う。「米国側につくか?中国側につくか?日本は曖昧な態度を取るべきではない」という注意喚起は、サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』で日本に対して与えた警告でもある。
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[1] FT、“Huawei needs vigilance in 5G rather than a ban”
[2] 英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)、“China-UK Relations-Where to Draw the Border Between Influence and Interference? ”
[3] House Armed Services Committee、“HASC 2019 Transcript as Delivered by General Curtis Scaparrotti”
[4] “America’s Undersea Battle With China for Cotrol of Global Internet Grid”