アメリカのトランプ大統領の日米同盟不公正論が日本側に大きな波紋を広げた。だが日本側では防衛問題の専門家も含めて、同大統領の批判をことさら軽視、あるいは無視しようとする向きも多い。だがこの種の反応は「不都合な真実」から目を背けて、頭を砂に突っ込むダチョウの動きを思わせる。
トランプ大統領は6月の一連の発言で「アメリカは日本が攻撃されれば日本を守るが、日本はアメリカが攻撃されても守らない」という日米同盟の片務性を指摘し、不公正だと断じた。日本側では官民とも衝撃を示す一方、トランプ発言が対日貿易交渉を有利にするための脅しだとか、彼独自の衝動的な発言だと断じて、まともに対応する必要はない、と主張する論者や識者が多かった。さらには日米同盟は片務ではなく双務的だ、とする専門家の声も多い。
だがこの種の反論はみな事実に合致していない。ワシントンで長年、アメリカ側官民の日米同盟への態度を観察してきた私としては、アメリカの実態を率直に報告せねばならない。
まず今回のトランプ発言が対日貿易交渉や大統領選挙への計算に駆られ、この時期だけに唐突に表明されたという説に対しては、この発言がトランプ氏の長年の持論である事実を指摘したい。トランプ氏は大統領選挙の最中の2015年8月と16年8月に、ともに大集会で今回と同じ表現で日米同盟の片務性を不公正だとして非難してきたのだ。
トランプ発言がトランプ氏だけの米側の世論や政策とは離れた日本批判だとみなす説には、アメリカ側にはここ20年以上、日本の憲法9条による集団的自衛権の呪縛を批判する超党派の声が存在してきた事実を指摘したい。
トランプ政権登場後の2017年2月には、連邦議会下院外交委員会のアジア太平洋小委員長ブラッド・シャーマン議員(民主党)が公式の公聴会で日本が9・11同時多発テロの際もアメリカの対タリバン戦争を集団的自衛権の発動で支援しなかったことを指摘して、「日本は憲法を口実にアメリカを助けない」と非難した。
同年5月にはアメリカの新聞で最大部数のウォールストリート・ジャーナルが「日本の憲法9条は日本自身の安全保障にとって危険だ」とする社説を掲げた。日本はいまのままでは中国や北朝鮮の軍事脅威にアメリカとともに集団的自衛による共同対処ができないから危険だとして、憲法改正を求めたのだ。
もっともいまのトランプ発言と同じ趣旨の意見は米側には20数年前から継続して存在してきた。
1997年8月にはアメリカでも最大手の外交研究機関「外交問題評議会」が日米防衛についての報告書をまとめ、日本の集団的自衛権禁止を「日米同盟全体にひそむ危険な崩壊要因」と定義づけていた。報告書の作成にはハロルド・ブラウン元国防長官、リチャード・アーミテージ元国防次官補ら超党派の40人以上の著名な専門家が名を連ねていた。
「有事の日本の非協力にアメリカ国民は衝撃的に失望し、日米同盟の解消を求めかねない。日本側は政策を修正し、同盟をより対等で、より正常な方向へと変えることが不可欠だ」という総括だった。
今回の日本側の反論でも「日米同盟は双務的だ」との主張ほど、米側を激怒させる理屈はないだろう。同盟の核心は軍事行動の能力と意志である。カネと場所だけを提供し、軍事行動は最初からとらないとする日本の姿勢と、最悪の場合は自国の人間の生命を賭けても軍事行動をとるという米側の姿勢と、対等でも、双務でもあるはずがない。
日米同盟が立脚する日米安保条約はアメリカが世界の多数の諸国と結ぶ同盟関係でも唯一、片務的である。アメリカが攻撃されても、自国領が攻撃されない限りはそのアメリカを支援しないことになっているからだ。北大西洋条約機構(NATO)は加盟29ヵ国のどの国への武力攻撃も全加盟国への攻撃とみなして、反撃する。アメリカが攻撃されれば、ドイツは自国が攻撃されていなくても共同の武力行動をとるのだ。
アメリカがアジア太平洋地域で結ぶ同盟も同様である。韓国、オーストラリア、フィリピンとアメリカのそれぞれ二国間同盟では、アメリカが太平洋地域で攻撃を受けた場合、韓国など3国はそれぞれ自国への攻撃とみなして、アメリカを支援することが明記されている。日本だけは太平洋地域でアメリカが攻撃されても、なにもしない、いや、してはいけないことになっている。これが片務でなくて、なんなのだろうか。
日本側の防衛や外交のいわゆる専門家の多くは、以上のような現実を認めず、ひたすらトランプ発言の無視や軽視を訴えるのだ。その様子は危機が迫ったときに砂に頭を埋めて、現実を見ようとしないダチョウの姿を連想させる。いや、もしかしてこのダチョウは現実を知っていて、知らないふりをする、ずる賢い珍種のダチョウなのかもしれない。