<思いこみ>の世界史 ―外交官が描く実像

  著 者:山口 洋一
  出版社:勁草書房
  発売日:2002年10月1日
  定 価:本体2800円(税別)
  


Amazon「内容紹介」より
 「思い込み」の始まりは、高校時代に教わった「十字軍」と「フランス革命」だった。十字軍についての先生の説明から、なんとなくイスラム教徒は「粗暴で残忍」であるように思った。私たちが「自由・平等・博愛」の上に安んじて暮らせるようになったのは、フランス革命のおかげなのだ。「多分、大方の日本人が、十字軍とフランス革命について大体これと似た理解の仕方をしているのではなかろうか」。著者のこの言葉にまったく異論はない。

   しかし、著者はその後40年近く外交の仕事にたずさわる中で、高校時代に習った十字軍の歴史は、出来事を一面からしか捉えていないと思うようになる。つまり「キリスト教世界から描かれた十字軍」であることを、外交の現場で実感していく。キリスト教、民主主義、自由主義という西洋的価値観を絶対的な「正義」であり「善」とする「西洋原理主義」が世界を席巻している。経済面では、アメリカ主導のIMFが貧困国の実情に合わない「規制緩和」、「民活」、「市場メカニズム万能」の自由経済原理主義を押し付け、その結果、たとえばキルギスの経済は破綻した。著者はこうした実態をミャンマー、トルコ、中央アジアで目の当りにしてきた。

   西欧のマスメディアは、ミャンマーの政治、経済、社会、民情の現実を見ないで、「軍政」を「悪」ときめつけ、アウンサン・スーチー女史を民主主義のために戦う「ジャンヌ・ダルク」と美化する。この「思い込み」が、いかにミャンマーを不幸にしているか、という著者の指摘は、ミャンマーの真実をつぶさに見てきた人だけに鋭い。

   西洋的価値観絶対の「西洋原理主義」は冷戦後、ますます勢いづいている。とくに軍事力と経済力で「一人勝ち」したアメリカは「一国主義」で世界をコントロールしようとしているかに見える。著者はこの独善的思い込みが「9.11同時多発テロ」の元凶である、と大胆に分析する。そして、日本は圧倒的な西洋原理主義の前に自信喪失し、アメリカの保護国に成り下がった、と嘆じるのである。誰しも感じていることだが、あえて言わないことを、ついに言ってしまった。そんな感じのする本である。(伊藤延司)