地域の地殻変動を起こしながら ゆっくり終結に向かうシリア戦争

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元シリア国駐箚特命全権大使 国枝昌樹

シリア軍事情勢の概観
 2015年9月2日早朝、地元の女性写真家が撮影してインターネットに載せた1枚の写真が世界を動かした。トルコの浜辺でさざ波に洗われながら眠るように横たわるシリア人坊やの写真。前夜、家族と一緒にボートに乗ってすぐ目の前のギリシャの島を目指したが、難民であふれる小型ボートはすぐに転覆し、多くの難民が溺死した。
 この写真を見て、世界の指導者たちはシリアの惨状と極端な原理主義的で過激なイスラム主義運動の「イスラム国(IS)」が国際社会に突きつける脅威を認識した。昨今のシリアからの難民は多くがこのISから逃れて欧州に向かおうとする人々だったからだ。
 シリアの惨状を救うには、先ず一刻も早くISを打倒し過激なイスラム主義運動を排除しなければならないと、国際社会の基本的理解がやっと同じ方向を向いた。こうしてシリアの戦争終結に向けて事態はそろりと動き始めた。
 3歳の幼児の溺死事件から4週間後にはシリア政府側に立つロシアが空軍力を導入し、怒涛の勢いでシリアに軍事介入し始めてシリア内の軍事バランスを一挙に変化させた。
 それから1年半余り。
 2016年12月には反体制派武装グループが2012年以来占拠して、反体制派側の象徴的支配地だったアレッポ市東部をシリア政府軍が奪還し、反体制派武装グループの劣勢が明らかになった。そして2017年になると1月にはシリア政権を支援するロシアとイラン、それに反体制派を支援するトルコという外交軍事的に真っ向から対立する3 国が主催者になってカザフスタンの首都アスタナでシリア政府と反体制派諸組織との会議を開催した。米国ではちょうどオバマ大統領からトランプ大統領に政権が交代するときに当たり、米政府はカザフスタン駐在大使をオブザーバーとして参加させただけだった。
 この会議は2012年6月のジュネーブ合意に基づく累次の国連主催和平協議を補完するものとされているが、その後も米国政府はこの会議に積極的に取り組む姿勢を見せない。国連主催のジュネーブ和平協議はなかなか期待される成果を上げられていないが、これまで反体制側としてサウジアラビアが束ねる、所謂、リヤド・グループだけの出席にとどまっていたのが、その他のグループも参加を認められることになったのは一つの前進だろう。一方のアスタナ会議は事実上米国抜きで既に4回開催され、一定の成果を上げている。