中国海上民兵の実態と日本の対応
―海南省の実例を中心に―

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防衛省防衛研究所主任研究官 下平拓哉

はじめに
 2016年8月5日、尖閣諸島周辺海域に300隻にも及ぶ中国漁船が押し寄せた。初めて尖閣周辺海域において、中国公船が中国漁船に引き続き領海侵入し、その数は4日間で延べ28隻にも上った。中国漁船の中に、海上民兵がいたかどうかは不明である。しかしながら、中国公船と中国漁船に連携があったことは間違いなく、今後、中国漁船の動きに一層注視していく必要があるであろう。
 何故ならば、主として中国漁船に乗って活動する中国の海上民兵は、近年特に南シナ海において急速にその活動を活発化しているからである。2015年5月に発表された中国の国防白書に、「海上軍事闘争への準備」が初めて明記された。中国が一体どのような準備を進めているのか。それを明らかにするためには、平時における海上の動きを把握する努力が欠かせないが、顕著なアクターの一つが海上民兵である。
 海上民兵に関する研究の第一人者は、米海軍大学中国海事研究所(China Maritime Studies Institute: CMSI)のA. エリクソン(Andrew S. Erickson)教授とC. ケネディ(Conor M. Kennedy)研究助手である。彼らは、膨大な中国語文献を読み解いて、中国の海上民兵の実態について研究しているが、特に近年中国による軍事拠点化が進行している南シナ海への玄関口に位置する海南省における海上民兵に注目している。
 本稿は、まず、中国の海上民兵の勢力、指揮関係、任務等、その位置付けについて整理し、次にこれまでの海上民兵の特徴的な活動を踏まえた上で、海南省における海上民兵に対する分析を加え、日本の今後の対応について考察するものである。

1 海上民兵の位置付け
 中国人民解放軍の総兵力は約230万人、日本の自衛隊の10倍ほどもある。中国の軍事力は、人民解放軍のほかに、人民武装警察部隊と民兵から構成されており、民兵は600万人と言われている。
 2002年12月の中国の国防白書によれば、民兵は人民解放軍の予備軍、人民戦争を行う基礎であり、民兵の活動は国務院、中央軍事委員会の指導の下で、総参謀部(軍改革以降は、国防動員部)が主管するとし、その任務は、「軍事機関の指揮の下で、戦時は常備軍との合同作戦、独自作戦、常備軍の作戦に対する後方勤務保障提供および兵員補充などの任務を担い、平時は戦備勤務、災害救助、社会秩序維持などの任務を担当する。」 とされている。
 民兵の位置付けについては、「軍警民統合防衛(军警民联防)」の重要な要素とされており、2006年、2010年、2013年の国防白書にも規定されている。