「作戦術」とは何か

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防衛省防衛研究所主任研究官 下平拓哉

はじめに
 空母4隻を失った日本海軍のミッドウェー海戦における大失敗は、太平洋戦争の流れを大きく変えた。また、米国のベトナム戦争における予想外の失敗は、米国内のみならず世界中を震撼させた。米海軍は、これらの失敗を「作戦術(operational art)」の無視、或いは欠如によるものと分析している。しかしながら、米海軍大学のベゴ(Milan Vego)教授によれば、米海軍は、現在に至っても尚、依然として戦略と戦術の観点から判断することが支配的であり、「作戦術」が見過ごされやすいと警鐘を鳴らし続けている。
 一般に戦争の本質は、変わらないが、戦争の性質は変わるもので、戦争の理解は科学(science)であるが、戦争の実施は術(art)と言われる。「作戦術」によれば、より小さな部隊でもよく訓練すれば、より大きな敵を迅速かつ決定的に打ち負かすことができる 。つまり、「作戦術」の目的は、できるだけ短時間に、最小の兵力で、決戦に勝利することにあるのである。
 「作戦術」に関する先行研究としては、日本では片岡徹也が用兵思想研究の視点から日本に欠如した研究領域と初めて指摘したものなどがあり、その概念と意義について整理されているものの、「作戦術」を構成する具体的な要素について分析したものは管見の限り見当たらない。米国では、米海軍大学のベゴ教授が、太平洋戦争の教訓を分析して、「作戦術」を体系的にまとめ、同大学の統合作戦に係る教育及び研究等に反映させている。
 本稿の目的は、「作戦術」とは一体何であるのかを明らかにすることにある。そのために、まず、「作戦術」の発展経緯について整理し、次に「作戦術」の意義について分析する。そして、ベゴ教授の研究成果を中心に「作戦術」を構成する主な要素から、その本質を明らかにしていく。

1  作戦術の発展経緯
 「作戦術」に係る研究と実践は、1980年代に盛んとなるが、その起源は、1796年から1815年のナポレオン戦争時代に遡る。クラウゼビィッツ(Carl von Clausewitz)は、ナポレオン戦争に自ら参加し、その経験をまとめた1832年の『戦争論(On War)』において、戦争術を戦争指導と捉えた上で、戦略と戦術に区分して説明を加えている。
 また、戦争とは戦役を超えた上位概念の戦略としていることから、クラウゼビィッツのいう戦略こそが「作戦術」であると指摘されている。ジョミニ(Antoine Henri Jomini)も、同じく、ナポレオン戦争に参加し、1838年の『戦争概論(Summary of the Art of War)』を書き上げ、戦略と戦術の間に、「大戦術(Grand Tactics)」という概念を作っている。