「大常識」で思う明治150年

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JFSS顧問・元アメリカ合衆国駐箚特命全権大使 藤崎一郎

昔は良かったと言う人がいる。
でも戦前戦後の比較の場合、まったく逆だと思う。
その判断基準は「大常識」である。
明治150年、長いようで短い。
前半が75年、後半が75年。
1947年生まれの私は後半の殆どを生きている。
何と静かな時代だったか。
一度も戦争を経験せずに済んだ。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争、湾岸戦争、イラク戦争と世界中に戦争はあったが一度も日本は巻き込まれずに済んだ。
初めの75年を生きていたらどうだったろう。
明治元年、即ち1868年生まれだとしよう。
26歳で日清戦争、36歳で日露戦争、50歳で第一次世界大戦シベリア出兵、63歳で満州事変、69歳で日華事変、73歳で太平洋戦争――生涯、戦争の連続だった。
戦争が続き、最後に国を滅ぼした時代がよい時代のはずがないというのが「大常識」だ。

前半の75 年とは
最初の75年は、列強に追いつき伍することを目指したときだった。
このためには脱亜入欧で英国流やドイツ風を輸入した。
不平等条約を改定するには、先進国にならねばならないと気張った。
今も残り、明治建築の粋とされる辰野金吾やコンドルの作品だってなんのことはない、欧州に行けばどこにでも似たようなものはある。

かつてはマゲを結って帯刀して攘夷を唱えていた明治政府の高位高官が髭を生やし大礼服を着て淑女と鹿鳴館で踊った。
欧米人から見れば笑止だったろう。
洋行帰りの森鴎外の本を読むと全く不必要に英語、フランス語、ドイツ語の単語が出てくる。読者に解ってもらうより子供らしく自慢したかったような気がする。

谷崎潤一郎の作品に「肉塊」がある。
横浜で外国人の集うダンス会で会った混血の美少女に憧れ翻弄されて身を持ち崩す素人映画監督の話である。一読すると第二次大戦後すぐの描写のようだが、実は大正初期の作品である。その頃からと嘆息する。

永井荷風のフランス物語、アメリカ物語も外国への憧憬の作品である。

このように先達は文明開化以来、ずっと欧米に憧れてきた。
今から見るとストレート過ぎて気恥ずかしいが、そんなことを言っている余裕はなかったのだろう。
同時に明治・大正・昭和の日本は軍備を増強し欧米の帝国主義を追いかけた。
軍事予算は通常でGDPの5%くらいで戦時には20%にもなった。
これではいくら富国強兵といっても国全体に富が行きわたるはずがない。