日台関係と中国:「72年体制」の再検証

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理事・拓殖大学海外事情研究所准教授 丹羽文生

『広辞苑』問題
 今日は「日台関係と中国:『72年体制』の再検証」をテーマにお話しします。
 「72年体制」とは何か。この表現は、今や日中関係の研究分野においては一般化していますが、その内容、解釈は一律ではありません。ただ、基本的には1972年9月29日の日中国交正常化の枠組みが、以後の日中関係の基礎になったというものです。
 但し、この「72年体制」には別の側面もあります。それは何かと言いますと、台湾を実効支配している「中華民国」との間においても、日中国交正常化に伴う断交に際して形成された枠組みが、以後の日台関係の基礎となっている。具体的には、その後の日台関係は、経済、貿易、文化といった実務関係に限定しようとするものです。故に日台関係を考える場合、それを拘束する「日中共同声明」を再確認する必要があると思います。
 皆様もご記憶に新しいと思いますが、昨年12月、岩波書店が10年ぶりに改訂した『広辞苑』に極めて許し難い記述がありました。その第1は「中華人民共和国」の項で「中華人民共和国行政区分」なる地図を載せて、台湾を「台湾省」と呼び、26番目の「省」として記載した。「中華人民共和国行政区分」なる地図は「中華人民共和国」の公式規定による地図です。『広辞苑』は日本の辞書です。岩波書店なる出版社は、一体、どこの国の出版社なのか。そう言いたくなります。
 何より不自然なのが2,225頁にある「日中共同声明」の項で、そこには「一九七二年九月、北京で、田中角栄首相・大平正芳外相と中華人民共和国の周恩来首相・姫鵬飛外相とが調印した声明。戦争状態終結と日中の国交回復を表明したほか、日本は中華人民共和国を唯一の正統政府と承認し、台湾がこれに帰属することを実質的に認め、中国は賠償請求を放棄した」とあります。
 これは全く事実に反します。日本は「台湾が中華人民共和国に帰属することを実質的に認め」てはいません。そもそも何を根拠に「実質的に」と書いているのか。実質的であろうが形式的であろうが、日本政府は台湾の帰属先については全く触れていません。
 各方面からの反発を受け岩波書店がコメントを発表しました。そこには「小社では、『広辞苑』のこれらの記述を誤りであるとは考えておりません。(中略)日中共同声明は(中略)日本が中華人民共和国を唯一の合法政府と認めたものです。同声明中で、日本は中華人民共和国が台湾をその領土の一部とする立場を『十分理解し、尊重』するとし、更に『ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する』と加え、これによって日本は中華民国との公的関係を終了し、現在の日台関係は、非政府間の実務関係となっています。