中国の北極政策の核心
―中国初の『北極政策白書』を読み解く―

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防衛省防衛研究所主任研究官 下平拓哉

はじめに
 北極圏は、中国第3のシルクロードになると言われている。2015年3月28日に発表された「一帯一路」構想に係る初の公式文書「シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードの共同建設推進のビジョンと行動」においては、21世紀海上シルクロードに「中国-オセアニア-南太平洋」と「中国-北極圏-欧州」の2つのブルーエコノミーの道を追加する方針が示された。「一帯一路」構想の今後の動向を判断する上で、太平洋島嶼地域と北極圏に対する中国の関与についての分析は欠かせない。
 地球温暖化により北極海の氷が溶け、新たな北極海航路の可能性が見えてきたことにより、北極圏への関心が高まっている。米国務省国際安全保障諮問委員会の報告書によれば、2014年と2015年の北極圏の温暖化率は他地域の2倍を越え、北極温暖化増幅(Arctic amplification)と呼ばれる現象が顕著となっている。2100年までに1.5度の気温上昇が見込まれ、北極圏は地球温暖化の影響が最も顕著に現れる地域として、さらなる温暖化を引き起こすプロセスの存在や新たな資源開発等、北極圏の重要性は益々高まってきている。
 2018年1月26日、中国国務院新聞弁公室は、初の『北極政策白書』を発表した。自国を北極圏に最も近い大陸国家の一つ「近北極国家」と位置づけ、「氷上シルクロード」の建設を謳い上げたのが特徴である。北極は、台湾やチベットのような中国にとっての核心的利益との表現はまだなされていないものの、『北極政策白書』を発表し、北極圏を重要視し始めていることは間違いない。本稿の目的は、中国の北極政策の核心は何かを明らかにすることである。
 本稿では、まず北極圏における中国の活動を概観し、北極圏における中国の国益について整理する。次に、中国と北極圏国との関係を分析するとともに、北極圏をめぐる中国と米国、そして中国とロシアの関係について検討する。最後にそれらを踏まえて、中国の『北極政策白書』を読み解き、中国の北極政策の核心について明らかにするとともに、日本の対応について論ずる。

1 北極圏における中国の活動と国益
 北極圏は、エネルギー資源が豊富であり、13%の未発見石油、30%の未発見天然ガスがあると言われている。また、新たな北極海航路が可能となれば、中国からヨーロッパまで、マラッカ海峡・スエズ運河を通過する航路に比べて7,800km以上 、航程の約 30%が短縮できる。
 そのような北極圏の潜在的発展性に着目した中国は、その影響力を急速に拡大してきている。