スリランカ同時多発テロの背景にある米中印の暗闘

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政策提言委員・海外セキュリティコンサルタント 丸谷元人

理解不能なテロ事件
 2019年4月21日にスリランカの最大都市コロンボを含む国内の8ヵ所で、キリスト教の教会や高級ホテルを狙った同時多発テロが発生した。この日はキリスト教のイースターであり、教会に集まっていた多数の信者を狙ったものではあったが、一方で外国人が多く宿泊する高級ホテルなども攻撃されており、最終的には日本人女性1人を含む36ヵ国の外国人と3人の警察官を含む250人以上が死亡、500人以上が負傷するという未曾有の大惨事となった。
 この事件の一報を聞いた時に筆者の頭に浮かんだのは、かつて長年スリランカ政府と内戦を続けていた「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の残党か?」ということであった。しかし、2009年に壊滅した彼らには、最早そんな力は全くないのは明白であったし、そもそも内戦時代でさえLTTEがこのような規模の洗練された攻撃をしたことはなかった。以来同国では、治安が劇的に回復し、強力なテロ組織の存在なども報告されていなかったのである。
 この事件の直後、政府当局は地元のイスラム教徒団体「ナショナル・タウヒード・ジャマア(NTJ)」が犯行主体であると断定したが、このレベルの攻撃は、ほぼ無名であった同組織が単独で行える規模のものではあり得ず、寧ろここしばらく世界各地で発生した国際テロ組織による大規模同時多発テロと同様、かなり綿密かつ大規模なサポートを受けて行われたものと推察する。
 しかし、人口の大半が仏教徒であるスリランカにおいて、8%に満たない同国のイスラム教徒が更に少数派のキリスト教徒を狙ったこの事件そのものは、現地事情に詳しい人にとっても理解に苦しむものであった。
 スリランカ国内における大きな対立と言えば、人口の70%以上を占めるシンハラ人と約15%を占めるタミール人とのそれが有名だ。この両者は、スリランカ独立後、シンハラ語を唯一の公用語とする「シンハラ・オンリー」という政策の導入を契機に対立を激化させ、1983年から2009年までの26年間、タミール人武装組織であるLTTEが政府軍との激しい内戦を続けたのである。
 一方、いつの時代も少数派であったのが、スリランカ国内に住むイスラム教徒である。そんな彼らは、仏教徒が大半のシンハラ人からは「Marakkalaya」と呼ばれ、また、そのシンハラ人から同様に差別されているタミール人からも差別されていた。例えば内戦時代には、多くのムスリムがLTTEによって北部州から強制退去させられたが、それは民族浄化の一環であると考えられており、近年では仏教徒の過激派がイスラム教徒を襲うという事件も頻発していた。