戦時下の大統領を“演ずる”トランプ
―トランプ大統領が仕掛けた3 つの戦い―

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JFSS政策提言委員・元海自佐世保地方総監(元海将) 吉田正紀

はじめに
 ワシントンD.C.に赴任して早いもので5年が過ぎようとしている。現役時代の大使館勤務と合わせると8年、ニュージャージー州の留学期間を含めると米国には10年近く住んでいる。最初に米国に留学した1991年はジョージ・H・W・ブッシュ大統領の下で米国は多国籍軍を率いて湾岸戦争を戦っていた。日本は戦争終了後に掃海部隊を湾岸地域に派遣した。防衛駐在官としてワシントンD.C.に赴任した2005年は息子のジョージ・W・ブッシュ大統領の下で「テロとの戦い」の最中であり、日本は陸・海・空自衛隊の部隊が湾岸地域に派遣されていた。そして、退官後の2015年夏、第2の人生の地にD.C.を選び赴任して5年、オバマ大統領からトランプ大統領に交代したがこの間、米国は戦時下にはなかった。
 しかし、3回目の米国在住で初めて自分や家族の身の危険を感じている。その原因の1つは、言うまでもなく新型コロナウイルスの引き起こしたパンデミックの影響である。3月9日に出張先の日本から急遽D.C.に戻った時点では、日本の状況の方が深刻であり、帰国の理由は米国が日本に対して入国制限措置を採るのではという危惧からであった。が、現在は米国が感染者数、死亡者ともに世界で最も高くなっており、都市としては小さいD.C.だけでも感染者数9,537名、死亡499名(6月10日現在)に上っている。
 幸いにも私達夫婦は、帰国日以降、自宅にてテレワークに移行し、徹底した感染予防対策と居住しているエリアとコンドミニアムそのものの安全性も相俟って、健康状況はすこぶる良好であり、感染による生命の危険は殆ど感じる事は無かった。
 しかし、5月25日のメモリアルデイにミネソタ州ミネアポリス市にて発生した黒人男性の死亡事件で状況は一変した。警察に対する抗議活動は瞬く間に全米各地に広がり、一部には、警察官に対する暴力、警察車両やバス等の放火・破壊、商店での略奪、州政府事務所等への投石等、抗議活動参加者の過激化・暴徒化による危険な状況を呈し、5月31日夜にはD.C.中心街でも大規模な衝突があり、放火と破壊活動で多くのビルが損傷した。
 翌6月1日の未明には、D.C.北西端の私達の住むコンドミニアムに面する道路を隔てたショッピング街も襲われ、これらの店は現在も厚いベニヤ板で1階が覆われている。
 米国生活通算10年で初めて、戦時下でもない首都ワシントンD.C.で、生命の危険を感じた瞬間であった。