金正恩委員長の死亡説の例から、情報分析ノウハウを解説する
―信頼できない情報筋からの情報に惑わされないこと―

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政策提言委員・軍事/情報戦略研究所長 西村金一

はじめに
 私は、雲隠れしていた金正恩委員長が5月1日、「順川(スンチョン)燐酸肥料工場」の竣工式に現れる1週間前に、「雲隠れの理由は、コロナ感染を回避している可能性が極めて高い」、「重篤説・死亡説の可能性はゼロではないが、殆どない」と評価した記事を、JBpressに書いた。死亡説が多く流れている時に、これを否定する記事を世に出すことに不安がないわけではなく、ストレスもあった。だから私は、確信が得られるまで信頼できる情報を収集し、机から離れて、布団の中でも、散歩中でも、入浴中でも考え抜いた。私なりのストーリーが固まると、納得した分析が出来上がった。具体的には、過去の事例、収集した情報の整理(現状分析)、相手国の戦略的・戦術的狙い・意図、情報源の信頼性の確認、情報の妥当性などを総合的に分析した。そして、結論が見えたのだ。
 
 私が情報分析において最も信頼しているのが、自分の総合情報分析力、そして、私が、防衛省・自衛隊の情報分析官、三菱総合研究所の専門研究員の時に、一緒に働いた上司・先輩、同僚、後輩、部下の専門家達の意見だ。30~40年間も北朝鮮を分析してきた人達は、長期間観察してきた洞察力がある。これらの人達は現在、防衛産業や民間企業などで働いているので、防衛省の情報に触れることはできない。しかし、報道情報を鋭く読んで、貴重な意見を言ってくれる。海外で働く友人は、面白いヒントを提供してくれるし、客観的なアドバイスもある。私は、これらを総合的に分析して結果を出すことにしている。
 
 かつて、公安調査庁の情報専門官からヒアリングを受けたときに、「西村氏と○○大学教授の意見が異なるのですが、この点、西村氏はどう思いますか」と尋ねられたことがある。私の答えは、「私の同僚や先輩達は40年の経験を有していた。彼らのような人材が1,500人以上いる情報機関で20年以上も分析してきて、彼らの経験談を聞いてきた。私は、これらの経験に基づいて分析している。学者先生と私の意見が異なっているのは当然のこと。どちらが正しいのか、分かりますよね」と答えたことがあった。
 
 今回、金正恩不在の動向に注目が注がれ、コロナ避難説、病気説・死亡説(重篤説)の情報が乱れ飛んだ。しかし、真実は1 つで、それ以外は全て誤りになる。このようなケースの分析でも、対象国である中朝露軍の動向分析でも、その分析手法は同じだと思っている。
 今回の金正恩不在の理由について分析した方法は、全ての情報分析に通じることなので、皆様の情報分析の参考になればと考え、紹介する。