最大危機を生き残るための戦略
―クラウゼヴィッツと孫子に学ぶ―

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上席研究員・事業構想大学院大学教授 下平拓哉

はじめに
 新型コロナウイルスの感染拡大により、世の中は加速度的に変化している。米中関係を始めとした国際関係はもとより、政治、経済、価値観、都市空間、働き方、生活様式等、あらゆる領域における変化が顕在化している。現下の危機を生き残ることもままならず、ましてや、将来を見通すことなど一層困難な、より厳しい時代となってきている。これは、まさに人類が経験してきた最大の惨事である戦時を想起させるほどの厳しい状況である。この所謂、最大危機において、今、求められているのは、この危機を脱して、生き残る術を考えること、即ち、この危機をチャンスと捉え直して活かすための戦略について考えることである。
 戦争の様相は、産業革命以降、テクノロジーの急速な進展により急速に変化してきた。フランス革命後のナポレオン戦争から、第二次世界大戦や湾岸戦争、イラク戦争等を概観すると、その様相は著しい変貌を遂げている。特に現代戦の様相は、より複雑化し、平時と有事、軍と民、正規戦と不正規戦が混在したハイブリッド戦が主流となりつつある。そして、実際の戦争では不確定要素が多く、かつその要素が相互に影響し合って、状況は常に変化しており、予測どおりには進まないのが常態である。またその一方で、戦争における人間の本性や政治性、合従連衡の傾向、最高指導者や軍事組織のリーダーシップの原則等は、時代的な変化の影響をほとんど蒙っていないのが大きな特徴と言える。
 実は、このような状況は、現代ビジネスにも共通している。ビジネスでは経営目的を達成するため、経営計画に基づいて商品やサービスを市場に送り出す。しかしながら、市場には様々な障害や機会があり、相互に影響しあい、急速に変化し続けており、経営計画通りに進むことはおよそあり得ない。異業種や海外からの思わぬ競合が現れたり、テクノロジーの進展や規則の変更により市場が変化する等、まるで戦場とも言える市場の変化が大規模かつ急速に生起している。従って、ここにビジネスを戦争になぞらえて考察する意義があり、変化する状況下において、変化の要因を分析し、どのように競争に向き合うかが強く求められ、そこでは変化が大きいからこそ、不変の原理原則を認識する重要性が高まっている。
 戦争における不変の原理原則を考える上で、東西の戦略の大家であるクラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)と孫子は欠かせない。現代軍事思想家のM.クレフェルト(Martin Levi van Creveld)は、「孫子が歴史上最も偉大な戦争思想家であり、恐らく孫子を除けばクラウゼヴィッツが依然として西側世界の知的伝統において最も偉大な戦争理論家である。」と評している。