はじめに
太平洋地域における21世紀初頭の国家関係は、まるで20世紀初頭の歴史のパターンが繰り返されているかのように思われる。太平洋地域における地政学的な対立構造は今も昔も、太平洋を勢力範囲と考える米国と、その米国と太平洋の覇権を争うことができるアジアの国家の間に生じる対立が基本である。
さらに、アジアにおいては、米国と対立するアジア国家とこのアジア国家と対峙する別のアジア国家が存在する。日米戦争に先立つアジアでの戦争を見ればわかるように、この構造に登場するのは日本、中国、ロシア(ソ連)の3ヵ国である。米国と対立するアジアの国家と対峙している別のアジアの国家は、米国の地域関与を促進するために手を尽くすということも同じだ。
中国が経済的、軍事的に大国化し、国際秩序を変更する勢力として台頭する一方、米国では、中国台頭の意味を理解していたトランプ政権からバイデン政権へと交代した。目前で起きている激動に流されることがないように、日本が位置する太平洋西岸の国家関係の基本構造を検討しておく。
新しい戦争
21世紀初頭と20世紀初頭の太平洋の国家関係の違いは、まず、登場国(アクター)の入れ替わりである。米国と太平洋の覇権を争うことのできるアジアの国家が、20世紀初頭は日本だったのに対し、21世紀初頭は中国であるということだ。
そして、このアジアの国家と対峙する別のアジアの国家が、当時は中国だったが、現在は日本である。太平洋地域の日本に加えて、20世紀半ばに独立国家となったインドがインド洋地域で中国と対峙する国家として立ち現れている。
次に、当時の主要な対抗手段は「国権の発動たる戦争」(日本国憲法第9条)に備えて国家間の合従連衡をどのように形成するかということであった。そのために国力を強化するということだった。勢力均衡(バランス・オブ・パワー)の世界である。こうした伝統的な国家関係を第1層と呼ぼう。
現在の国際社会では「国権の発動たる戦争」は国際法で違法化され、自衛権の行使のみ合法とされている。このため、第1層である国家間の合従連衡は、違法な戦争を抑止し、回避することを正当な目的とするようになった。
同時に、政府は、他国を自国に好都合な方向へ誘導し、変化させるため、国家関係から民間関係までの多様なチャンネルを通じて圧力を掛け、影響力を行使しようとする。これを第2層と呼ぼう。