中国の台頭と台湾有事のリアル

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政策提言委員・元内閣官房副長官補 兼原信克

はじめに
 先程、屋山会長よりご紹介頂きました『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』(2021年、新潮新書)は、昨年6月に私が最も尊敬する平成の名将の方々にお集まり頂き、座談会をした時の模様をまとめた本です。この頃は、まさか日本の首相が訪米し台湾に言及したこの時期に出版されるとは思ってもいませんでした。座談会でも台湾有事の時期をめぐって議論していましたので、世の中の動きが恐ろしく速いこと実感している次第です。
 私は外務省で安全保障を担当しておりました関係上、防衛官僚や自衛官の方々と親しくお付き合いさせて頂きました。日本の自衛隊には世界の軍事組織や国防省と比べ全く遜色のない、或いは尊敬されている名将や防衛官僚が沢山います。ところが、この方々の考えていることがなかなか世に出てこないのが我が国であります。軍事知識は山ほどあります。何を聞かれても答えることは出来ます。この国にないのは軍事的常識です。政策を決定する際に広く国民の間に分かち持たれている軍事的常識がないということが、この国の大きな欠陥です。そこで、平成の名将の方々にお集まり頂き、皆さんが有している軍事的常識を分かりやすい形で国民にお伝えしてください、ということでこの本の執筆を依頼しました。非常に立派な本です。是非ご一読いただければと思います。
 
台湾有事のリアル
 この本の白眉は、岩田元陸幕長と武居元海幕長の掛け合いの部分です。台湾・尖閣有事で岩田氏が「海は下がるのか」と尋ねると、武居氏は眉一つ動かさず「下がるのではない。押されるのだ」と答えます。続いて岩田氏が「俺たちは残る。どうしろと言うのだ」と言うと、武居氏は再び静かな声で「頑張ってくれ」と答えます。これがこの本の白眉であり、台湾有事の現実であります。
 日本の最西端の与那国島は美しい珊瑚礁のある石垣島とは異なり、絶海の孤島です。晴れた日には水平線の向こうに台湾島が見えます。台湾島は九州とほぼ同じ大きさで、(与那国島から)西に約110kmの距離にあります。戦闘機の速度がマッハ2~3(時速約2,500~3,700km)、極超音速の場合はマッハ5(時速約6,000km)を超えます。中国がわざわざ先島諸島を避けて台湾戦を戦うことはありません。当然この地域は戦闘地域に入ります。万が一、中国が手を出してきたら、海(海上自衛隊)は押されます。空(航空自衛隊)も押されます。今の中国軍の物量は物凄いレベルです。