新たな戦い方「モザイク戦」の特徴と今後の方向性

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上席研究員・事業構想大学院大学教授 下平拓哉

はじめに
 コロナ禍の未曾有の危機にある現在、ますます厳しさを増すビジネス環境の特徴を表現する言葉としてVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)がある。一言で言い換えれば、予測不可能な時代。このような状況を克服するための議論は、実は1990年代、軍事領域において大いに活発化していた。そこでの議論の中心になったのが、所謂、非対称戦(Asymmetric Warfare)である。つまり、現代ビジネスの世界も軍事の世界も、主流は非対称戦なのである。
 2014年2月に勃発したクリミア危機は、ロシアによるハイブリッド戦(Hybrid Warfare)が現代戦の主流になったことを印象付けた。ハイブリッド戦に言及した初の戦略文書は、2015年7月の「米国家軍事戦略(National Military Strategy of the United States of America)」である。同文書において、ハイブリッド戦とは、共通の目標を達成するために国家主体と非国家主体から構成され、正規軍と非正規軍が組み合わさって、伝統的な軍事力と非対称のシステムを使用することによって、曖昧性を生み出し、主導権を取り、敵を麻痺させるものと説明されている。ハイブリッド戦の狙いは、曖昧性を生み出すことによって、敵の予測不可能性を高めることから、非対称戦であると認識できる。その意味で、中国の接近阻止/領域拒否(Anti-Access/Area-Denial:A2/AD)も、まさに非対称戦であろう。
 非対称戦が行われるVUCAな作戦環境における問題は90%までしか解けないと言われている。つまり、これまで培ってきた知識や経験を生かし事前に万全な準備をしても、従来のアプローチでは解決できない問題が存在するということである。非対称戦はまさにそこを狙ってくるのである。ただ、残りの10%も克服できないわけではない。それにはナポレオンが言う「クドイ(coup dʼoeil)」、つまり「ナポレオンのひらめき」が必要とされ、それは訓練を通じて新たな戦い方を考えていくことによって鍛えることができるのである。
 このような作戦環境の大きな変化の中で、近年話題となっている新たな戦い方がモザイク戦(Mosaic Warfare)である。本稿では、まずモザイク戦の概念が出てきた系譜を辿りつつその特徴について整理する。次に、マルチドメインと言った領域をめぐる日米それぞれの作戦構想とモザイク戦との関係について考察する。そして最後に、海洋国家日本にとって重要な海上におけるモザイク戦の適用について評価を加えるとともに、その際の日本の対応について考察する。