1940年の米大統領選挙と宋美齢

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日本近現代史研究家 渡辺惣樹

 筆者がハーバート・フーバー大統領の著書『裏切られた自由(Freedom Betrayed)』(草思社)を翻訳上梓したのは2017年のことである。高価な書であるが読者の支持を得ている(2021年夏時点:上巻12刷、下巻8刷)。
 筆者は、その解説書(誰が第二次世界大戦を起こしたか:草思社文庫)の中で、「フランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)、ウィンストン・チャーチル、ヨセフ・スターリンの戦争指導が正義であり、日本とドイツは問答無用の悪の国。アメリカが叩き潰さなければ、世界は全体主義に覆われ自由を失っていた」と主張する歴史家を「釈明史観主義者」と命名し批判した。フーバー大統領が上記書の中で、FDRやチャーチルを擁護する歴史家を「アポロジスト(言い訳ばかりする人)」と皮肉っていたからである。
 釈明史観主義者には2つの特徴がある。1つは、言うまでもなく、米英ソ三首脳の戦争指導に些かでも疑念が呈されれば、たちまちその釈明を始めることである。その典型例が、既に降伏を決めその条件を探っている日本への2発の原爆投下の正当化(言い訳)である。釈明史観主義者は、「原爆投下で本土決戦が避けられ、数百万の人命が救われた」と主張する。これは、原爆投下を決断したヘンリー・スチムソン陸軍長官が、戦後激しい批判に晒され、苦し紛れに考えた釈明だった。それを客観的な観察と解釈を求められるはずの歴史家が無批判に利用した。この主張を認めれば、将来においても同じ言い訳が使える。「核兵器の使用は問答無用で過ちであった」としなくては未来永劫核戦争の火種を残すことになる。フーバー大統領が、核兵器の使用は過ちであったと断言していることは言うまでもない(下巻第83章:「日本に対する原爆投下のもたらしたもの」)。
 釈明史観主義者のもう1つの特徴は、三首脳の戦争指導の正当化に不都合な事件・事象をスルー(無視)することである。例えば、FDR政権にはソビエトスパイや隠れ共産主義者が跋扈していた。疑似対日最後通牒であるハルノートを起草したハリー・デクスター・ホワイト(財務省)も、ヤルタ会談では米事務方のトップを務め、国際連合設立にあたってはソビエト有利の枠組みを構築したアルジャー・ヒス(国務省)も、ソビエトのスパイであったことはヴェノナ文書で確定している。しかし、釈明史観主義の歴史書ではこの事実をタブー視し、歴史解釈のファクターにしない(ホワイトとヒスの悪行については拙著『第二次世界大戦 アメリカの敗北:米国を操ったソビエトスパイ』(文春新書)に詳述した)。ソビエトスパイが米国外交にもたらした影響に目を瞑るのである。