《オープンディスカッション》

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<モデレーター>月刊『正論』編集長 田北真樹子

政策シミュレーションコアメンバー:岩田清文氏・武居智久氏・兼原信克氏・村井友秀氏・尾上定正氏によるディスカッション
 
田北:まず、政策シミュレーションのコアメンバー5人の方々をご紹介致します。岩田元陸上幕僚長、尾上元航空自衛隊補給本部長、兼原元内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長、武居元海上幕僚長、村井東京国際大学特命教授です。
 では、岩田さんから政策シミュレーションに関する考察などを発表していただきます。
 
岩田:シミュレーションの統裁部の立場として1点、今次のウクライナの教訓と感想を5点、述べたいと思います。
 まず、当初の目的である「世に警鐘を鳴らし、問題点を挙げる」という観点では、成果があったと思います。とは言え、普及という観点ではまだまだ不十分です。「継続は力なり」です。今、コアメンバー5名と長野事務局長とで、今年8月の第2回目のシミュレーション開催に向けて準備をしているところです。第2回目はウクライナの教訓も取り入れ、前回のシナリオからもう一歩踏み込んでさらに具体化し、今後政府が取り組むべき内容として提言に繋げたいと思っております。
 シミュレーション全般を通じて痛感したことの1つ目は、もし政府が対応を誤れば、最悪の場合、先島諸島を取られる可能性があるということです。その時、与那国、石垣、宮古に住む約10万人を如何にして避難していただくかです。この国民保護と同時に、台湾の25,000人の邦人、中国の11万人の邦人の保護、輸送をいかに実現するか、あらゆることを念頭に準備しなければなりません。・・・
 
尾上:これだけ多くのご参集をいただいたことは、台湾問題への関心の高さと、ウクライナ戦争に対する強い危機感が反映されているのではないかと思います。
 私も現在のウクライナの状況を見て、現実は想像を超えるということを実感しています。昨年の政策シミュレーションは、台湾海峡で軍事衝突が起きた時、一体どういう事態が起きて、日本はその時どう動くのか、米国はどんな対応をしてくるのか、そもそも台湾を守る体制ができているのだろうか――ということを、ここに登壇している皆さんと話しました。具体的なイメージが浮かんでこない中、とにかくあらゆる場面を想定しやってみようじゃないかということで始まったわけであります。
 ロールプレイをしていただいた方々は素晴らしいバックグラウンドを持った専門家ばかりでした。恐らくこのようなメンバーで行った初めての台湾海峡危機に関する政策シミュレーションであり、参加した皆さんも勉強になったのではないかと思います。この模様はメディアにも取り上げられ、NHKスペシャルはBSの拡大版と合わせ6回放映されました。・・・
 
兼原:尾上さんと一緒にホワイトセルで米国役を担当しました。核とサイバーの2点に絞って申し上げます。まず、今回のシナリオを米国の視点で見ると、台湾にはかつての帝国海軍の基地が8個あり、今は台湾の基地になっていますが、これを中国に取られたら沖縄も九州もフィリピンも守れません。台湾は必死で守ると思います。台湾はG20加盟国に匹敵するほどの経済力があり、2,200万人が暮らす堂々たる民主主義国家です。
台湾人としてのアイデンティティも根付いています。米国から見ると恐らく冷戦初期の西ベルリンに見えるでしょう。NATOは世界経済の約半分の経済力と強大な軍事力を有し、3つの核保有国が存在します。ロシアも核保有国ですが、国力の比較で言えば、NATOはロシアを抑えることができるでしょう。核を保有し米国経済の7割5分に成長した中国が200万の軍を率い台湾奪取に出た場合、米国の頼みは日本だけです。日本が潰れたら終わりということです。
 小渕総理が周辺事態で後方支援すると言い、安倍総理が集団的自衛権を行使する存立危機事態だと言いました。・・・
 
武居:私はシナリオの作成デザインを担当しましたので、それに関連して3つ述べたいと思います。
 1つ目は、シナリオを作り始めて一番困ったことは、我々は台湾について殆ど何も知らなかったということです。台湾と自衛隊の防衛交流はありませんので、私を含め、自衛官は現役とOBとを問わず、また中央省庁の官僚も台湾を公的に訪問した人は殆どいません。一方、コロナ前は毎年約200万人の日本人が台湾を訪れていますので、一般の方々の方がよほど台湾についてご存知です。
 担当を受け持ち、あわてて論文や本を読み漁りましたが、台湾に関する安全保障、特に軍事に関する戦後史の文献は極めて少ない。我が国が台湾海峡の安全保障に関心を払わなかった時期があまりにも長く続いたために、台湾に関する基礎的な知識さえ、安全保障関係者の頭からすっぽり抜け落ちてしまっていた。当然ながら、軍事について台湾軍は秘密のベールに包まれていますから、殆ど分からない。・・・
 
村井:シミュレーションに参加した者として、今の段階で何がポイントになるか、その目的を考えてみました。まず実行者として考えると、どういう批判があったか、そのシナリオがどれだけ現実的かという評価もしくは意識が必ずあると思います。ロシアのウクライナ侵攻の状況を見ると、現実の方が想定を遥かに超えているという感じがします。ロシア側の動機は何なのかを考えると、プーチン大統領が持っている世界観、つまり、偉大なロシアを復活するんだということです。
これを英語に直すと、Make Russia Great Againとなります。
 では中国が台湾を攻める時、中国の動機は何か。これは習近平の言う中国の夢、即ち、中華民族の偉大な復興です。これを英語に直すと、Make China Great Againとなる。プーチンと殆ど同じ動機です。今、中国は自分達が台湾を攻める時のシミュレーションをロシアが実践しているという感覚で見ています。日本人のイメージでは中国をロシア、台湾をウクライナに置き換えて想像する人が大半だと思いますが、私が知る中国人の概念はそうではなく、中国がウクライナで、台湾はロシアが勝手に作り上げたドンバス人民共和国なのです。・・・