中国におけるナショナリズムと「民族」

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 習近平指導部が掲げる「偉大な中華民族の復興」という旗印は何を意味するのか。自由や民主主義といった欧米的な価値観の悉くに背を向け、対外強硬路線を突っ走る「戦狼外交」を展開する中国。南シナ海で覇権を追求し、尖閣諸島の領有権を主張する。台湾統一への強い執着もこの光景の中央にある。国内ではウィグルやチベットでの人権抑圧がますます深刻化する。何とも異様な光景である。彼らはどこに向かっているのか。
 本稿ではこのことを理解する一助として歴史的な視点から中国における少数民族の問題を振り返り、そうすることで「中華民族」なるものの実態を問い、また、併せて、現在の中国に急速に台頭するナショナリズムが何をもたらすのかも考察してみたい。
 
漢服復興運動に見る狭隘なナショナリズム
 ここ5年程、中国において「華夏復興、衣冠先行」のスローガンを叫び、「重回漢唐」のテーマソングを歌う若者が増えているという。古い時代の漢族の衣装を復興させようという運動に参加している人たちである。このテーマソングの歌詞は「我ら、漢服で礼儀を重んじ、漢・唐に戻り、偉大な歴史を歌う。国難に満ちた長い歴史を、華夏の子孫は恐れない」で始まる。華夏とはいうまでもなく中原に栄えた古代中華文明のことであり、何とも民族主義的色合いが濃い復古運動である。
 NHKが去る3月末にドキュメンタリー番組として報道したところによれば、過去5年間に漢服の売り上げは20倍に増え、直近で年商1,800億円に上るという。愛好団体も中国全土に2,000以上あるらしい。王楽天という河南省の青年が漢服を着て街を歩いたのは2003年11月。彼は「漢服第1号」と呼ばれ、愛好団体はその日を「漢服記念日」に指定しているという。漢服店の数は江西省、四川省、広東省、浙江省など中国南部で増え続けており、特に都市部に多い。顧客は圧倒的に20歳代の若者であり、コスプレ感覚で購入し着飾って漢服イベントに参加することを楽しんでいるようだ。これだけなら趣味の世界である。
 しかし、熱烈な愛好家の中には「他の民族は自分達の衣装を持っているのに、なぜ我々漢族は伝統の衣装を持っていないのか」との疑問を呈し、「漢服には一瞬で民族意識を掻き立て、民族を団結させる直接的な力がある」「中国は近現代史の中でひどく破壊された地であり、今、精神面のアイデンティティを強く求めている。