民族や文明が持っている世界観は国防に大きな影響を及ぼす。本稿は米国、ソ連(ロシア)を例に、世界観がどのように国防に影響するか見ていきたい。
ソ連崩壊と19世紀的世界観
ソ連は米国との冷戦に敗れ、1991年に崩壊したが、その要因の1つに兵器開発競争に敗れたことが挙げられる。実はこの背景には、ソ連が建国の理念としたマルクス主義の世界観が大きく影響していた。
ソ連は、ロケット、つまりミサイルや人工衛星の制御技術で米国に大きく水をあけられ、これを埋めることができなかった。この分野の開発には分子生物学の発展が不可欠であったからだ。DNAの二重螺旋構造の発見は、遺伝情報の伝達を解読するメカニズムの研究を発展させたが、同時にこれは電子計算機つまりコンピュータの理論にも応用され、情報理論も飛躍的に発展させた。この情報理論なくしてミサイルや人工衛星の制御技術は得られなかったのである。だがソ連には、その分子生物学を研究できない事情があったため、ミサイル技術で米国に後れをとることになったのである。
ソ連の世界観に大きな影響を与えたエンゲルスは、「獲得形質の遺伝」説を主張していた。その考えの基になっていたのはダーウィンの進化論だったが、この19世紀の学説は20世紀に入り、「突然変異」という新しい遺伝学の考え方によって覆されてしまった。だが、ソ連では「獲得形質の遺伝」説を守るため、20世紀に主流となったメンデル派やモルガン派の遺伝学への弾圧が行われた。その先頭に立ったのがルイセンコであり、背後にはスターリンが控えていた。つまり、マルクス主義とその世界観を守るために、新しい学説は弾圧され、その結果ミサイル開発まで遅らせてしまったのだ。
19世紀に生まれたマルクス主義は、19世紀的な自然観・世界観の上に打ち建てられた思想であり、当時主流だった「一義的決定論」や「歴史的必然論」に基づいている。だが、これらは20世紀に登場する「偶然論」によって崩壊してしまうのである。「偶然論」に基づく原子物理学もマルクス主義の教義に反するものであったが、スターリンは核兵器開発のために、学問的、思想的矛盾に目を瞑った。だが、遺伝学に関してはその重要性を認識できなかった。
一方、米国では第二次大戦後、サイバネティクスという学問が登場し、科学に大きな飛躍をもたらした。サイバネティクスは、自然現象の中に本質的に存在する偶然の要素を、いかにして統計学的に処理するかという問題を取り扱う。