《リレーエッセイ 百家争鳴》
第5回 ウクライナ戦争の教訓

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政策提言委員・元内閣官房副長官補 兼原信克

 2月24日、ロシア軍がベラルーシ国境から大挙してウクライナに攻め込んだ。アゾフ海沿岸のドンバス地方でもロシア軍が侵略を開始した。流石にコサック騎兵の末裔らしく、ウクライナ人は、母を、妻を、娘を隣国国境まで送り届けた後、戦場に戻って銃を取り抵抗を始めた。ロシア嫌いの西ウクライナ人だけではない。ロシア人に近い東ウクライナ人までもが敢然と抵抗を始めた。ヒトラーを叩き出し、ナポレオンを叩き出した人々である。プーチン大統領の侵略は緒戦で思わぬ手痛い反撃を被った。
 連邦保安庁の計画したいい加減な電撃作戦は惨めな失敗に終わった。帝政ロシア時代から側近の公儀隠密集団が、皇帝の最も信用する組織だった。柳生一族が牛耳る幕府のようなものである。プーチンの出身母体でもある。
 ショイグ国防大臣、ゲラシモフ参謀総長が率いるロシア軍は、情報部に乱暴な使い方をされ、キーウ周辺の北部戦線で大きな被害を出し、立腹していたに相違ない。プーチンは、軍に戦争の指導権を渡して、南東部の戦線に全力を集中し始めた。
 共産圏の国々の侵略の仕方は特殊である。内部に呼応勢力を作り、ロシア軍の侵略を歓呼で迎えさせる。占領後、直ちにロシア化政策が進められ、国民投票でロシアへの帰属が表明される。ウクライナに忠誠を誓う人々は粛清される。大量の虐殺の後が次から次へと明らかになるであろう。
 既に、国土の2割をロシアに支配されたゼレンスキー大統領は、一歩も引くことができない。無辜の市民を殺された国民の怒りは激しい。失われた国土を取り返すまで、戦い続けると言わざるを得ない。
 バイデン大統領も同じである。最早、西側のリーダーとしての地位がかかった戦いである。21世紀のルーズベルトになれるのか。それともウクライナをロシアに渡した敗軍の将となるのか。欧州権力政治に慣れたドイツやフランスは、どこかでウクライナを抑えて早く和平を回復したいはずである。移民一世のキッシンジャーも、「ウクライナは一部の領土を諦めろ」と言っている。しかし米国は理念の共和国である。ゼレンスキーが自由のために戦うという限り、支えていかざるを得ない。
 負けられないのはプーチンも同じである。ものの分かったロシア人は、大統領選挙を意識したプーチンの個人的野望に付き合っていてはたまらないと思い始めているであろう。