「国の形」を実装し、課題に正面から総力を挙げて取り組む政治に期待する

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顧問・元軍縮会議日本政府代表部大使 髙見澤將林

 私は還暦を迎える妻のかねてからの希望で伊勢神宮と志摩半島を巡る計画を立てていた。宿泊先は賢島にある志摩観光ホテルを予約していた。安倍晋三元総理が突然凶弾に倒れたのがその前週末のことであったが、追悼の旅にもできると思い、二人で予定通り出かけた。
 伊勢神宮を巡り、祈りを捧げる中で、何度か蝶に会い、杜の中で夕立の音を聞いた。ホテルでは、伊勢志摩サミットの記念に残されている円卓の総理の席と椅子に触れ、写真撮影が行われた庭に佇んでみた。展示されている写真の総理の表情には、緊張感とそこに秘められた決意が感じられて、印象深かった。その日の夜に営まれた葬儀で昭恵夫人は、「総理が春夏秋冬を過ごし種をいっぱい蒔いた。それが芽吹くことでしょう」と仰ったというニュースを聞いた。内閣官房副長官補として直接お仕えした一人として、「日本の未来、世界の未来」のために微力を尽くさなければと思いを新たにした。
 
 米中戦略競争の広がりとロシアによるウクライナ侵攻など国際政治構造が大きく変化する中で、これからの日本の行く末を考え、行動しなければならない。特に戦後日本については、戦争、震災、感染症、テロなど内外の数々の危機を経験しながらも、他者依存の構造と精神に特徴付けられ、政府と社会の緊張関係は緩く、国家的課題に関する抜本策を講ずることなく過ごしてきたと言われている。最近の一連の事象を見るとき、また官庁における自らの体験を省みても、これを否定することはできない。
 本稿では、こうした問題意識を踏まえつつ、第二次安倍政権を中心とする安全保障政策の成果について改めて確認し、その足らざるところを補いつつ、いかに継承発展させていくか、今後求められる「日本の国の形」を実装する上で必要な施策は何かについて、これまで論じてきたことや各種の提言と重なるが、いくつかの問題提起をしてみたい。
 
1. 国家安全保障戦略の策定を通じた懸案事項の明示とその計画的・体系的な履行
 2012年12月に第二次安倍内閣が発足した直後、安倍総理は、民主党政権時からの課題であった特定秘密保護法の推進のほか、第一次安倍政権で設置した安保法制懇の再始動と国家安全保障会議設置のための法整備について方針を示し、これがその後の一連の安全保障政策を展開させる上で重要な役割を果たした。政権発足からほぼ1年の間に、特定秘密保護法の成立、国家安全保障会議の発足と国家安全保障戦略の策定(以上いずれも2013年12月)、国家安全保障局の設置(2014年1月)により、様々な政策を推進する枠組みが整えられ、取り組むべき安全保障上の課題が明示されることになった。