科学・技術の国家戦略を考えるために
―補遺:科学・技術と軍事研究について―

.

スイス連邦チューリッヒ工科大学サイエンティスト
北海道大学名誉教授 武田 靖

 科学と技術による第三の立国について、それらが持つ特性の根源的な違いを正しく理解して峻別する事を基として論じてきた。そこでは、本質的に避ける事が出来ない軍事研究や軍事技術について論述する余裕が無かった。ユーラシア大陸の西側で現在起きているロシアの武力を使ったウクライナ侵攻や、東側で起きつつある中国による現状変更の企みの様子を見て、漸く日本の貧弱な準備態勢に気が付いたとすれば、遅きに失する事がないよう願うばかりである。
 本稿では、立国だけではなく、国の存立という点からも軍事技術や軍事研究を考えて論じる。日本は第二次大戦後の75年間、大学その他の教育系研究機関では殆ど軍事研究を行ってこなかった。それは戦後のGHQの方針でもあっただろうが、それにもまして日本学術会議(以下、学術会議)の声明が大きく働いていたことは否めない。学術会議による軍事研究禁止声明の成立からの事情については第一報で論じた。ここでは、2020年から始まった学術会議の問題(騒動)の現況を解説する。
 その後で、そもそもの科学・技術と軍事の根源的な関連について考えることにする。論考では科学と技術が全く別物であるという単純な括りを要点として、個別の事象ではなく、大枠の論であることを確認しておきたい。
 
Ⅰ 学術会議で何が起きているか
 2020年に会員の任命否定から始まった学術会議の諸問題の顕在化から、組織自体の意義や存続についての騒動は依然として収束していない。その中で、今年7月に梶田会長と小林担当大臣(当時)の会談で出された政府側の質問に対する回答という形で、梶田会長の回答書が公表された。それに基づいて読売新聞が、所謂、軍民デュアルユース技術の研究に反対しないと回答が出された旨を報じた。その直後にNHKが、会議としては以前の姿勢を何ら変更するものではないという趣旨の報道を流し、読売報道を否定した。学術会議の所謂、戦争に関わる研究禁止の姿勢とは、実質的にはデュアルユース(軍民両用)技術が対象となっていたのであるから、これらの2つの報道の内容は、それぞれが他を否定する形になっており、一般国民には相も変わらぬ学術会議の煮え切らない態度に映ったのである。そこで、その際に使われたであろう一次資料をみると、学術会議が内部に抱える組織的構造とその力学がそのまま表れたことが読み取れる。
 論考に必要な一次資料は次の3点である。