経済安全保障の根幹、重要技術流出のリスク
―経済インテリジェンスの脅威―

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政策提言委員・経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員 藤谷昌敏

 近年、有力国家間においては、「すべての経済行動は、経済だけの論理で成り立つものではなく、安全保障上、国家の存続を第一に考えた政策が必要である」との考えが広がった。所謂「経済安全保障」という新しい安全保障論である。その上で、重要になるのが経済安全保障体制の確立と実効性の確保、そのためのインテリジェンスの強化である。特に問題なのは、国家の繁栄の根源である先端科学技術をどう発展させ、どう守っていくかである。
 日本政府は、「重要技術の優位性と卓越性の確保」のためとして、AI(人工知能)、バイオテクノロジー、半導体技術、量子情報科学など20の分野を「重要技術」と指定して、優先的に支援するとしている。だが、反面、インテリジェンス(意思決定に利用可能な真実味の高い情報収集活動)とカウンターインテリジェンス(外国の敵意ある情報活動を無効にするための防諜活動)の視点で見れば、先端科学技術を守る体制が未だに脆弱であり、議論も深まっていない。米国をはじめ、世界各国が経済安全保障を重要視する背景には、強力な情報機関が関連情報を収集し、法制度を整備した上で、その効果を担保していることがある。これまで米国の情報に頼ってきた日本だが、昨今の米国の影響力の後退を考えれば、日本独自のインテリジェンス体制を構築しなければ、経済安全保障は成り立たないのである。
 本稿では、経済安全保障の根幹である「重要技術の優位性と卓越性の確保」のための先端技術流出防止に焦点を絞って、インテリジェンスの視点に基づいた実務的提言を行うことを目的とする。
 本稿の構成は、まず米国、中国、ロシアの情報機関がどのように経済インテリジェンスにシフトしたのかについて、最近の技術流出事件を交えて説明する。
 最後にまとめとして「カウンターインテリジェンス能力の強化」「スパイ防止法など制度面の整備」「民間企業と情報機関との連携」を挙げて提言とする。
 
1 各国の経済インテリジェンス
 第二次世界大戦が終結すると、米国とロシア(旧ソ連)は冷戦体制に突入し、有力国家は、強力な軍事組織と情報機関を組織して敵対国に対抗した。その後、冷戦体制が崩壊すると、各国の情報機関は、国家の安全保障よりも国家間の経済競争に目を向けるようになり、経済と科学技術情報を重視する経済インテリジェンスへシフトしていったのである。
 その間、世界有数の技術立国となった我が国は、有力な反スパイ法も持たないことから、各国の情報機関に狙われ、先端科学技術という重大な国益が損なわれてきた。