日中戦争の総括を踏まえた米国の対中「競争」戦略

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政策提言委員・評論家 江崎道朗

中国とロシアの脅威に立ち向かう岸田政権
 岸田政権は、防衛予算を大幅に増加しようとしている。何故か。日本の平和と安全を脅かす「脅威」が高まっているからだ。
 ではその「脅威」とは何か。民主主義国家では、自国にとってどの国が脅威で、その脅威から自国を守るためにどのような国家安全保障戦略を採用するのか、文書を纏め公表している。
 この国家安全保障戦略を日本が初めて策定したのは2013年、第二次安倍政権の時だった。このとき日本にとっての脅威は、《国際テロ組織によるテロ》、《海洋、宇宙空間、サイバー空間といった国際公共財に対する自由なアクセス及びその活用を妨げるリスク》、食料や水などの《世界的な需給の逼迫や一時的な供給問題発生のリスク》、そして《北朝鮮の軍事力の増強と挑発行為》などであった。
 要は防衛に限定すれば「国際テロ」と「北朝鮮の核・ミサイル」が脅威だとしたわけだ。「中国とロシアは脅威ではないのか」と訝しがる方もいそうだが、13年の時点では、中露を脅威と見做していなかった。
 寧ろ第二次安倍政権は《あらゆる分野において日中で「戦略的互恵関係」を構築し、それを強化》することを目指していて、尖閣諸島を脅かすようになった中国の軍事動向については《慎重に注視していく必要がある》と書くにとどめた。ロシアの軍事的脅威に至っては一言も記さなかった。
 よって第二次安倍政権下での防衛省・自衛隊は、中国公船やロシアの戦闘機から領空・領海を守る活動に追われながらも、表向きは国際テロと北朝鮮の大量破壊兵器に備えることが最大任務となった。日本の国家安全保障戦略と実際の脅威認識とは大きなズレがあったのだ。そのズレを埋める契機となったのは、中国とロシアの脅威に備えることを重視するD・トランプ政権が米国において誕生したことだった。
 実は米国の対中政策は、1972年のR・ニクソン大統領の中国訪問と1979年の米中国交樹立以降のこの半世紀近く、中国に宥和的だった。正確に言えば、ソ連の脅威に対抗するため、共産主義陣営にいる中国共産党政権を自由主義陣営に引き込もうとしたのだ。
 戦略的には中ソを分断することが目的であったが、その背景には、中国に対して経済支援を行い、経済的に発展していけば、いずれ中国も民主的な国家になってくれるとの「期待」があった。ソ連の脅威に晒されていた日本はアメリカのこの対中政策に同調して、中国に対する経済的技術的支援を行い、経済発展を願ってきた。