ロシア暗殺の系譜、 政治・社会の後進性と人命軽視

.

政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。その後、ロシアでは、富豪や著名人の不審死が相次いでいる。4月、ロシア最大手金融機関ガスプロムバンクの前社長ウラジスラフ・アバエフ氏(51才)がモスクワのアパートで銃を握った状態で妻と娘とともに死体で発見され、一家心中だと報じられた。同月、大手天然ガス会社ノボテックの元副会長セルゲイ・プロトセーニャ氏(55才)がスペインの別荘で妻と娘とともに遺体で発見され、地元警察は一家心中と発表した。9月に入ると、1日、ロシアのウクライナ侵攻に反対の声を上げていたロシア第2位の石油会社、ルクオイルのラビル・マガノフ会長(67才)が入院していた病院から転落して自殺とされた。ルクオイルでは5月にも、元幹部のアレクサンドル・スボティン氏(43才)が霊媒師を訪れた後、遺体で発見される事件が起きた。9月12日には、ロシア極東・北極圏開発公社航空部門幹部のイワン・ペチョーリン氏(39才)が、ウラジオストク沖でボートから転落して死亡と報じられ、さらに9月21日、モスクワ航空研究所(MAI)の元所長アナトリー・ゲラシチェンコ氏(63才)が不審死を遂げた。MAIは「事故死」と報じている。
 これだけの経済界の有力者が、これほど短期間に一家心中や自殺、事故死を遂げるものなのだろうか。巷では、これらの不審死は、ウクライナ侵攻への反対を表明したことへの制裁、西側諸国の制裁で縮小し続ける経済市場をめぐるマフィアがらみの勢力争いなどと噂されている。要するにロシアでは、政権や体制に対する危険分子を非合法的に排除する闇組織が未だに存在しているということだ。旧ソ連崩壊後、開かれた国を目指したロシアだったが、結局、偽りの民主主義国を作ったに過ぎなかった。
 確かにこれまでのロシアの歴史を振り返ってみると、時代の転換点において、権力者同士の暗闘が繰り返され、おびただしい血が流されてきた。中でも暴力革命によって帝政ロシアから政権を奪ったソビエト連邦共産党(以下、ソ連共産党)は、政権にとって障害となる人物や勢力を排除する有力な手段として暗殺を多用してきた。
 本稿では、ロシアの暗殺事件について、まず、ロシア情報機関員でありながらロシアを裏切った人物に対する暗殺事件、次にロシアを批判する人権派ジャーナリスト・活動家に対する暗殺事件、最後に時代の転換点となった3つの暗殺事件を解説する。