『戦略3文書』と今後の日本の安全保障
―その意義と課題―

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顧問・元海上幕僚長(元海将) 武居智久

はじめに
 安倍元総理のもと平成25(2013)年12月17日に政府が閣議決定した国家安全保障戦略(以下、2013NSS)は、冒頭「本決定は、『国防の基本方針について』(昭和32年5月20日国防会議及び閣議決定)に代わるものとする。」と明記したように、約56年間に亘って日本の安全保障を導いた、いわば他律的で対米依存色の強い安全保障政策からの脱却を意味した。
 2013NSSの制定によって国防の基本方針が規定した4つの基本方針の価値がなくなったわけではない。民主主義を基調とし、独自の安全保障基盤を確立し、自衛のため必要な限度において効率的な防衛力を漸進的に整備する方針は今にも通用する。しかし、自衛隊に限って見ても、昭和29(1954)年に発足してから安全保障環境が冷戦終結を一つの転機として大きく変化する中で、国内外での大規模災害などへの対応や国際平和協力活動など任務・役割は拡大しており、戦略性を欠く約290文字の国防の基本方針をもって自衛隊を律していくことは不可能であった。何よりも国際環境が多極化し、中国の目覚ましい国力伸張と軍事力拡張によって、長く日本に平和をもたらしたアメリカのヘゲモニーが太平洋に向かって縮退していく戦略環境に適応するためには自律的で積極的な国家安全保障戦略を持つことは不可避であった。
 2013NSSを実効化するためには新たな法制度の制定など、乗り越えなければならない高く厚い壁があった。第二次安倍政権の通算2,799日間は、特定秘密保護法(2014.3)、日米安全保障協力のガイドライン改定(2015.4)、平和安全保障法制(2015.9)の制定、オーストラリア、英国、フランスなど価値観を共有する国々との安全保障上の各種取り決めの締結、インドを戦略的パートナーとして取り込んだ日米豪印戦略対話QUADなど、2013NSSを制度化するための期間であったと言ってもよいであろう。
 岸田総理のもと昨年12月16日に閣議決定された国家安全保障戦略(以下、2022NSS)は、国家防衛戦略(以下、2022NDS)と防衛力整備計画へと整理された戦略文書体系とともに、2013NSSの理念を一歩進め、我が国の安全保障体制を強化していくための具体的な道筋を示す画期的な戦略文書である。
 本稿では、2022NSS閣議決定までの岸田総理の発言をたどり、2013NSSとの比較の観点から、戦略3文書の意義と課題について論じてみたい。