ウクライナ戦争とプロパガンダ報道

.

政策提言委員・危機管理コンサルタント 丸谷元人

ウソと勧善懲悪の世界観
 2022年2月24日に突如開始されたロシア軍によるウクライナ侵攻から1年が経過した。しかし本稿執筆時点(2023年3月下旬)時点でもなお、その決着はついていない。
 この紛争は世界史的にも重要なものとなりつつあり、戦争当事者の1つであるロシアと国境を接している我々日本人には、今回の紛争を通じて、ロシア軍の真の実態や彼らの行動論理を冷静かつ正確に見据えることが求められている。しかし現実に私たちが目にしているのはその真逆、つまり大量に流される一方的な報道と感情的な善悪二元論が支配する世論である。
 開戦当初、ロシア軍は破竹の勢いでウクライナ東部から南東部における地域を占拠したが、欧米と日本の大手マスコミは、ウクライナ軍は連戦連勝、ロシア軍は十万以上の戦死者を出して各地で瓦解しており、兵の多くは敵前逃亡や国外亡命、挙句の果てには補給が絶たれて食料がないのでロシア兵たちは野犬を食っている、といった類のウクライナ優勢報道を大量に流してきた。
 さらにはロシア軍の弾薬不足も深刻で、ウクライナ政府は2022年3月以降、毎月のように「ロシアのミサイルはついに在庫がなくなった」などと言い続けていたし、対露経済制裁によってルーブルは暴落するからロシアは早晩崩壊するとか、プーチンはついに狂人に堕した、深刻な認知症になっている、或いは幾つもの末期癌を抱えているので余命幾許もない、といったまことしやかな指摘も「識者」たちから相次いだ。
 しかし実際はどうであろうか。
 1年経った今、戦術的・戦略的な撤退や部隊の配置転換はあったものの、ロシア軍が劇的な大敗を喫したという事実は確認できていないし、開戦当初にロシア軍が占拠したウクライナの領土の大半は引き続きロシアによる占領下にある。また、ロシア軍の精密誘導ミサイルは開戦以来今日までずっとウクライナの上空を飛び続けているし、欧米諸国や日本からの経済制裁にも拘わらず、通貨ルーブルは開戦前より強くなってしまい、ロシア経済は崩壊するどころか好調だ。
 プーチンは相変わらず意気軒昂だし、スピーチをする様子も以前と全く変わりない。
 
NATOの東方拡大を危険視するロシア
 ロシアによるウクライナ侵攻の根底には、NATOの東方拡大をさせないとする約束を西側が破ったとする強い不信感がある。これを指摘すると「そんな約束はない」と主張し、「親露派」だの「陰謀論」だのというレッテル貼りをする識者がいるが、事実、1990年2月9日にベーカー米国務長官(当時)はソ連のゴルバチョフ書記長に対して「NATOの管轄は1インチも東に拡大しない」と発言している(1インチ発言)。