その一方で、70年以上に亘って眠っていた巨人が本当に目覚めるためには、緩んだ筋肉も鍛えなければなりませんし、頭の覚醒も必要です。また、活動のための栄養補給といったものも当然必要になります。それ故、先程、佐藤副会長も仰っていましたが、これがスタートラインであり、「絵に描いた餅」に終わらせないことが重要だとの警鐘があちらこちらから聞こえてきているのも事実です。
そこで本シンポジウムでは、この3文書が戦後最も重要な政策転換と評価される所以について登壇者の方からお聞きし、次に「絵に描いた餅」に終わらせないためには、どういう課題を克服していかなければならないのかを確認していきたいと思います。・・・・
島田:ご紹介いただきました島田です。今回の3文書につきましては、冒頭、佐藤副会長そして尾上さんからお話がありましたように、非常に多くの重要な内容が含まれていますが、その中で私自身が重要だと思っている2点について申し上げたいと思います。
まず、安全保障全般については、今回、日本が国際社会における主要なアクター、主要な当事者として自由で開かれた国際秩序を自ら維持していくという姿勢を明確に示した点が非常に重要であると思います。
国家安全保障戦略においては、「国際社会における新たな均衡を、特にインド太平洋地域において実現する」と記述しています。我が国自ら「新たな均衡を実現する」と留保なく言い切っています。
本日ご来場の皆様には申し上げる必要もないと思いますが、今、世界では、民主主義と権威主義の対立が顕在化しているわけであります。言い換えれば、法の支配に基づく国際秩序を維持しようという勢力と、力による一方的な現状変更を図ろうとする勢力とが対立しているということです。
昨年10 月に我が国の3文書に先だってアメリカの国家安全保障戦略が発表されましたが、その中では、中国が世界秩序に対する最重要の課題だと指摘しています。昨年10月ですから、ロシアによるウクライナ侵略が始まって相当な時間が経っていたわけですが、そういう中に於いても中国を最重要だと名指しで指摘しているわけです。・・・・
岩田:皆さん、こんにちは。岩田です。私から簡単に「戦略3 文書」についての4つの評価を上げてみたいと思います。
1つ目は、只今の島田さんのお話と重なりますが、今回、「脅威」を明確に位置付けたことが大きいと思います。安全保障戦略を作る時に一番大事なのは、「何から何を守るのか」を明確にすることです。今回、「中国の脅威から我が国を守る」ことが明確になりました。勿論、3 文書は国の正式な文書であり、外交的な側面もあるので「脅威」とは書いていません。「これまでにない最大の戦略的な挑戦」という言葉を使っていますが、文書をよく読むと中国の脅威に対抗していくことが明確に示されている内容だと私は理解しています。
脅威は意図と能力に分けられますが、特にその能力の観点から中国が現在、そしてこれから持つであろう能力に対して、確実に我が国を守りきる、真に我が国を守る能力をつけようという脅威対抗型の防衛力整備、安全保障戦略に変えたのだと思います。
その中でも一番大きな特徴は、反撃能力を自ら保有するという点です。反撃能力を論じる時、野党の議論は非常に矮小的です。全体として、我が国を中国のミサイルの脅威からどう守るかを論じなければならないと思います。そういった意味で、防空能力と反撃能力はセットで考えるべきです。防空能力は勿論向上させるわけですが、一方で、イージスミサイルで迎撃可能な弾道ミサイルであっても、同時・大量に攻撃してこられたら、到底守りきれません。・・・・
武居:ご紹介いただきました武居でございます。私からは2022年の国家安全保障戦略と国家防衛戦略の重要な方針について、3つ申し上げたいと思います。
最も重要な方針は、先程岩田さんからもありましたが、中国をこれまでにない「最大の戦略的な挑戦」、英語ではグレーテスト・ストラテジック・チャレンジ(greatest strategic challenge)と訳されていますが、これと位置付けたことに尽きると思います。当然と言えば当然です。
国家防衛戦略では、「相手の戦い方に着目して今後の防衛力を抜本的に強化する」と記述しています。その中身は公開されていないのですが、我が国を取り巻く現在の国際情勢を考えると、尖閣有事や台湾有事がこれに含まれると考えて間違いありませんので、いずれの事態も中国が一方の当事国です。
しかし、私はこのような変更は政治的にも経済的にも極めて難しいだろうと思っていました。中国と我が国の経済的な結びつきは強く、経済のデカップリングは不可能ですし、対中政策の変更は不可避的に経済関係に跳ね返って来るだろうと政財界では考えられてきましたから、中国を「最大の戦略的な挑戦」と呼ぶことも、具体的な事態様相に基づいて防衛力を決めることも、政治的には大変に大きな決断であっただろうと思います。
安倍政権も菅政権も、尖閣諸島を念頭に中国の現状変更の動きに懸念を示してきました。しかし、中国を戦略的挑戦と呼ぶまでには至りませんでした。・・・・
飯塚:読売新聞の飯塚恵子です。皆さんが重要なポイントを列挙していますので、2つだけ申し上げたいと思います。
私は今回の「3文書」改訂について、1点目は、「プロアクティブ(proactive)」という言葉に象徴される内容になっていると思います。先程、自分で立つ「自立」と自分を律する「自律」という言葉がありましたが、私は「自立」が強調され、これからの日本のあるべき姿として盛り込まれたと思っています。それについて2点、簡潔に申し上げます。
1点目は、言うまでもなく「反撃能力の保有」です。この点は論を俟たないところで、国会を含めて今なお議論が続いていますが、「脅威」を明確にすることが重要です。中国を名指しするという点においては、漸くここまで来たと思っています。私が防衛庁(当時)の担当になったのは1997年でした。ちょうど「日米防衛協力の指針」、所謂ガイドラインの見直しがあり、それに伴い、「周辺事態」という言葉が編み出された頃です。
今、何故この話をするのかと言うと、当時と今がどれだけ変わったかということを改めて指摘したいからです。当時の議論はメディアも含め、北朝鮮の脅威は、直接的に書くことができました。しかし、日米協力で対峙していく相手はどこなのかについて、「中国」という言葉は言えませんでした。政府は中国の名指しを避けていた。それで、周辺事態という言葉が出てきて、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」という定義になったのです。・・・・