「安保3文書」を読み解く

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顧問・元防衛装備庁長官 深山延暁

 昨年(2022年)12月、政府は「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」を決定いたしました。これらの文書は「安保3文書」と称されています。筆者は2019年まで、36年間防衛庁・防衛省で働いてきましたが、この「安保3文書」は、私の目から見ても本当に画期的なものであると考えます。既に多くの報道や論評がなされていますが、私から見た安保3文書の特徴、意義、そして防衛省・自衛隊、防衛産業ほか関係者の方々に期待されていることなどをこの機会に述べさせていただきたいと思います。
 
2.大きく変った情勢認識
 まず、我が国の情勢認識が大きく変わったことを指摘しておきたいと思います。「国家安全保障戦略」(以下、「R4安保戦略」)に以下の文章があります。「国際社会において、力による一方的な現状変更及びその試みが恒常的に生起し、我が国周辺における軍備増強が急速に拡大している。ロシアによるウクライナ侵略のように国際秩序の根幹を揺るがす深刻な事態が、将来、とりわけ東アジアにおいて発生することは排除されない。」(「R4安保戦略」Ⅳ2(2)ア)これは極めて率直な表現です。改正前の平成25年策定の「国家安全保障戦略」(以下、「H25安保戦略」)にはこのような記述はありません。
 また、周辺諸国の評価にも変化があります。R4安保戦略とH25安保戦略は章立てが違いますから、正確に対照することは難しいのですが、概ね該当する部分について比較すると以下の表1のようになります。
 特徴的なのは中国の記述の順番の変化――これは当然、重要度の変化を意味しています――とロシアの登場です。ロシアは、旧ソ連時代は最も重要なファクターでしたから、「再登場」と言うべきかも知れません。
 情勢認識の中で最も注目すべきは、中国をどう認識しているかです。中国の「記述の順番」が変わっただけでなく内容も大きく変化しています。
 表1に示したH25安保戦略の「(3)中国の急速な台頭と様々な領域への積極的進出」は次のような書き出しで始まります。「中国は、国際的な規範を共有・遵守するとともに、地域やグローバルな課題に対して、より積極的かつ協調的な役割を果たすことが期待されている。一方、継続する高い国防費の伸びを背景に、十分な透明性を欠いた中で、軍事力を広範かつ急速に強化している。加えて、中国は、東シナ海、南シナ海等の海空域において、既存の国際法秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力による現状変更の試みとみられる対応を示している。