チョン書記長の死と ベトナムの新たな権力構造

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 去る7 月19 日、ベトナムの最高指導者であったグエン・フー・チョン共産党書記長が死去した。享年80 歳、病死である。書記長を務めること13 年半、ベトナムの最高指導者としてはホーチミン元国家主席に次ぐ長期の在職であった。25 日にハノイで行われた葬儀には、我が国を代表して菅義偉前総理が岸田総理の特使として参列した。ベトナム官民は2 日間に亘って喪に服し、悲しみに包まれたと報じられている。
 私は同じ25 日に在京ベトナム大使館で行われた追悼と弔問記帳の行事に出席した。記帳に当たっては2008 年に当時国会議長であったチョン書記長が夫妻でハノイ市内のレストランに夕食に招いてくれた時の記憶が鮮明に残っていますと書き記した。チョン氏が書記長に就任したのは2011 年、私がベトナムを離れてからのことである。
 チョン書記長はベトナムの最高指導者として反腐敗運動を強力に推し進め権力の集中を図った政治家との評価がある反面、決して強面の人ではなく、寧ろその風貌はいたって穏やかな人という印象すら与えた。中国の習近平国家主席にも譬えられる強権政治家としての顔と、国民から「ホーおじさん」の愛称で親しまれた故ホーチミン国家主席にも似た優しそうな風貌・人柄とを併せ持つ不思議な人《特別寄稿》だった。清廉潔白の人という評価もある。ご冥福を心からお祈りしたい。
 さて、チョン書記長の突然の死を受けてこれからのベトナムはどこに向かうのか。そのことを占う第1 のカギは、去る8 月3 日に党中央執行委員会によって後任の書記長に選出されたトー・ラム氏の党指導方針だ。権力の集中路線が続くのか、或いは元の集団指導体制に回帰していくのか。特に、もう1 人の実力者であるファム・ミン・チン首相との関係がどうなるか。また、最近まで公安大臣を務めていた同氏が外交問題や経済運営にどう取り組むのかも主要関心事になる。
 本稿では「ポスト・チョン書記長」のベトナムの行方を様々な切り口から考えてみたい。