第177回
アジア太平洋の防衛に関するアメリカの見解

 長野禮子
 
 今回はグラント F・ニューシャム氏をお招きし、表記のテーマについてお話を伺った。
 以下、ニューシャム氏の発言について大きく3つの点を簡単に報告したい。
 
《米国内の問題》
 アジア地域における米国の軍事力は、30年前に比べてかなり縮小している。米国務省は「米国は世界中のどこでも対応可能」と言うが、既に30年前から2正面作戦を実行する力はない。現在、ウクライナやガザ・イスラエルだけでなく、ベネズエラなど中南米カリブ海諸国、ロシア、中国、イランなどとも問題を抱えており、全てに対応することはできない。
 また、経済、金融、政治、精神の面で大きな問題があり、国家の分断、内戦の可能性を否定できない。更に、バイデン政権は大統領を含め中国からの多額のカネが流入しているため、政策に集中できていない。日本も政治家のカネの問題があるが、米国とは桁が違い過ぎる。政治とビジネスの腐敗が深刻だ。
 
《米中関係》
 米国は、中国の覇権主義を抑止したいが、同時に中国ビジネスも重要というのが本音だ。財界は米政府に対して大きな影響力を持っている。米政府は対中政策で厳しい発言をするが、実態が伴っているとは言えない。これまで中国をファイナンスし、カネと技術を与えて来たのは米国だ。まさに自殺行為である。
 南シナ海での中国の行動を見誤り、米中対立が起きれば米国が負ける可能性も否定できない。皮肉にも、その技術の多くが米国のものだ。米国は対中ビジネスを重要視したために、技術を盗まれても中国を罰せず大目に見て来た。
 サンフランシスコで行われた米中首脳会談での合意の1つは、乱用が問題となっている鎮痛剤フェンタニルの中国からの流入に対処することだった。この薬物の乱用により、昨年は7万人、今年は既に7万人以上が死亡している。その多くが、軍に入隊可能な年齢である。これまでに亡くなった人は約50万人、普通に生活ができなくなっている人が20~30万人いると推定される。中国が止めようと思えばできる事だが、トランプ政権でさえ何もしてこなかった。こうしたことを考えると、米国がアジア太平洋のパートナー国を中国から守れるのか、甚だ疑問が残る。
 中国は政治戦(経済・金融・心理戦)を行っている。これに米国は負けている。米財界が米政界に圧力をかけていることから、米国が台湾有事に際し100%支援するかについて疑問である。バイデン大統領自身は台湾を守ると言ったが、彼のスタッフはそのようには考えていないようだ。フィリピンや台湾に対する米国の支援は言葉だけのものになっている。台湾やフィリピンを失えば、日米同盟が強固であってもアジア太平洋地域における米国の立場は弱体化する。日本は出来るだけ早く核兵器を持つ準備をすべきである。
 
《太平洋に進出する中国》
 米国は太平洋中央部の島国(マーシャル諸島、ミクロネシア、パラオ、ソロモン諸島など)に注意を払って来なかったため、中国の進出を許してしまった。中国は島国とのビジネスを手始めに影響力を強めていく。そのことで、米国離れが進んでいく。中国がこの地域の島嶼国を押さえると、オーストラリアが孤立してしまう。日本もそうなる可能性がある。
 オーストラリアの政界は左派・リベラルの影響が強い。中国の威圧には反対するが、同時に中国とのビジネスは重要と考えている。オーストラリアの軍事力は、米国のサポート役としてはよいが、自国を守るには十分とは言えない。AUKUSはよいことだが、肝心な潜水艦がいつ来るかわからない。日本から潜水艦を買っていればよかった。
 今米国にとってインドは非常に大切な国である。しかし、バイデン政権と民主党のエリート達はモディ首相に良い印象を抱いていない。ただ、15年前に比べると米印の軍事関係は良好である。一方、日印関係は良好である。更に促進、深化させるべきであろう。
 米国は政治戦の面では中国に負けているが、軍事面ではまだ力を持っている。あと2、3年はこの状況が続くだろう。しかしこの間、政治戦で負ければ、戦争が出来るかわからない。日本は独自の対策を立てた方がよいが、立案者がいない。これは米国が力になれるだろう。
 
 同盟国である米国の存在は日本にとって極めて大きい。しかし、氏の話を聞くと、現在の米国は、日本人の米国に対する過剰な期待や価値観を共有する最大の相手国としての信頼に足るものなのか、行き過ぎた米国依存は我が身を苦しめることだと気付く時なのか・・・。 
 周辺3ヵ国の動向や台湾有事に備え、日本の立ち位置をしっかり見つめ直し、長年の懸案である憲法改正を始めとする大改革に打って出なければ、この混迷の世紀を生き抜くことは難しい。氏の言葉にあったように、日本独自の取組が求められる。
 
テーマ: アジア太平洋の防衛に関するアメリカの見解
講 師: グラント F・ニューシャム 氏(上席研究員・元米海兵隊大佐)
日 時: 令和5年12月14日(木)14:00~16:00
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