第147回
「Dragon against the Sun―中国海軍 vs. 海上自衛隊」

長野禮子 
 
 爽やかな秋晴れの10月27日、元海将・第32代海上幕僚長の武居智久氏をお招きし、トシ・ヨシハラ著、武居智久監訳『中国海軍vs.海上自衛隊――すでに海軍力は逆転している』(ビジネス社、2020年)についてご講演を頂いた。同書は2020年5月に米無党派系シンクタンク戦略予算評価センター(CSBA)から発表された報告書Yoshihara, Toshi. Dragon against the Sun: Chinese views of Japanese Seapower. (CSBA, Washington D.C., 2020).の日本語版である。
 ヨシハラ氏は2006年から2017年まで米海軍大学戦略研究で教鞭をとり、現在はCSBA上席研究員として中国海洋戦略研究をリードする存在である。今回は監訳者であり、同じく米海軍大学特別研究フェローとして海上戦略に実務・研究両面で従事されてきた武居氏ご本人からのお話しということもあり、臨場感のある研究会となった。
 原典の報告書は、2013年に海自艦艇総トン数が中国海軍艦艇総トン数に追い越されたことや、中国海軍が小型のコルベットを年間10隻以上建造していること、艦艇に搭載するミサイル垂直発射システム(VLS)の発射口(セル)の総数を過去15年で15倍に増やしてきたこと等、中国の海軍力が急激に増強してきた事実を最新データによって裏付けている。
 また、報告書は海自が中国海軍に比べてVLSセル総数、ミサイル射程距離において劣勢にあると分析している。特に海自の長距離防空体制への脆弱性が「致命的」とまで言及されており、日本が半日の間に艦隊を失うリスクが極めて現実的だと警鐘を鳴らす。そして、こうした戦力的非対称は日本政府に独自の核抑止検討を強いる可能性があると指摘する。
 中国にとって日本の位置は、中国を封じ込め圧力をかけることのできる「鎖型の防衛線」であるが故に、台湾有事の際にも尖閣諸島、奄美諸島を含む日本が巻き込まれないという保証はない。さらには、中国優位の海軍バランスの不均衡が、日中間の競争に対する期待を生み、中国側に過剰な自信を与え、力こそが日本を服従させる唯一の手段だという認識につながり、好戦的な行動へと奔る可能性を高める。
 結論として、同報告書は対中衝突が運命付けられていると言っているわけではなく、寧ろ日米同盟は抑止力を高め、平和を維持するために十分な位置にあると主張している。ただし中国は平時から日米同盟の離間を狙っているため、防衛力を整備し、対中安保政策を守勢から攻勢へと方向転換することで日米同盟をより強固にすることが重要である。
 近年、米国は沿岸警備隊の太平洋への配備、戦力組成の小型化・無人化等を進めている。残された時間は少ない今こそ、日本は日米が犠牲を払って築き上げてきた同盟システムを守るために行動しなくてはならないのである。
 質疑応答では「日本政府が日米同盟の弱い環(weak link)になった場合は中国が鉄のサイコロを振る誘惑にかられるかもしれない」(196頁)という文言に触れ、米国によるコミットメントへの意図、能力を高めるためには何が必要かという質問があった。そこには、①政治と政治の信頼性、②軍事的信頼性、③国民による日米安保の重要性の認識という三要件がそろうことが必要とのことだった。これら要件のうち、③については私たち国民一人ひとりの認識が同盟強化、ひいては抑止力強化につながることを改めて自覚する必要があると感じた。
 
*新型コロナ感染拡大防止のため、少人数での開催とし、関係者には動画配信とする。
テーマ: 「Dragon against the Sun―中国海軍 vs. 海上自衛隊」
講 師: 武居 智久 氏(JFSS顧問・前海上幕僚長)
日 時: 令和2年10月27日(火)14:00~16:00
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