東日本全体が厳しい寒波に見舞われた12月18日、米国ワシントンD.C.より帰日したばかりの長尾賢氏(ハドソン研究所研究員・JFSS上席研究員)をお迎えし、米国から見たインド太平洋情勢及び米国による同地域戦略に対する政策提言についてお話しを頂いた。
冒頭、長尾氏はハドソン研究所にて同氏が取り纏めた政策提言報告書『インド太平洋戦略―米国と志同じくする国々(Strategies for the Indo-Pacific: Perceptions of the U.S. and Like-Minded Countries)』について触れ、米国の情報収集体制の優位性と我が国の情報収集能力の脆弱性についての対比について触れた。更に、長尾氏は昨今緊張度合いの高まる印中情勢について専門的見地から解説を加えた。2019~2020年にかけて印中対立が本格化し、インド側に死者の出た武力衝突が発生して以降、両国は国境周辺地域で軍事インフラを整備したという。中国は同地域に各種新兵器を投入し、インドは4~8月に中国製品のデカップリング及び経済制裁、並びに9~10月に国防費増額、軍の自由行動権限拡大といった対抗措置をとった。
本題ではインド太平洋から見た米国分析が披露された。中国がCOVID-19蔓延に伴い発生・拡大の責任を他国に転嫁し、その軍事的活動を活発化させている。一方、米国では既に約30万人超の死者を出していることから、米国世論の中国に対する印象の悪化が2020年10月の世論調査からも明らかになった。こうした米国の強硬姿勢はコロナ禍前から徐々に確立してきた。2017年には国家安全保障戦略の中で中国を「競争相手」として名指しし、2018年のマイク・ペンス副大統領演説では中国を米国への脅威として位置付けることを国内向けに掲げた。同時期には所謂「米中貿易戦争」に突入している。こうした米国の動きは軍事編成面でも表れており、中東や欧州からの撤退とインド太平洋司令部を創設し同盟国により大きな負担を求めている。米軍本体は資源を節約し陸・海兵隊を削減し海・空・宇宙・サイバーに比重を移している。
次に、米国は自国優位を覆そうと技術力・経済力といった軍事力の基盤を整えつつある中国にどのように対処してゆくかという点である。長尾氏は中国の問題化の源泉に着目する。つまり、米国は中国問題の本質は軍事力が急速に近代化し、軍事バランスの変更を可能にせしめる潤沢な資金にあるとみていると分析。そこで米国は中国の収入削減を安全保障戦略とする。現に「貿易戦争」「ハイテク戦争」は中国の収入にダメージを与える政策である。長尾氏によればこうした米国の方針は政権交代に伴う微修正はあるものの基本的には当面維持されるとのことだった。
最後に、上記分析による日本への示唆については、欧州諸国やインドといった米国の同盟国は、高関税の設定等経済分野において中国のデカップリングを進め、軍事分野ではインド太平洋への艦艇派遣、共同演習実施といった形で負担共有を進めている。日本はこうした事例を参照すると共に、①「米国サークル」の中で友人を増やすこと(「ファイブアイズ」への加入)、②欧米諸国ではできないことを受け持つ(東南・南アジアでの圧倒的な支持)、③非ヨーロッパ系(非宗主国)であること――これらを生かし世界を俯瞰した外交・安保政策を展開してゆくべきだという論を展開した。
質疑応答では、米国が日印という2つの同盟国を比較してどう見ているかという点について質問があった。米国の視点に立つと「どちらが役に立つか」という判断になる。将来的にインドの重要性は必ず増してくるが、日本はやり方次第でそれを逆転する事もできるという。つまり、インドは米国との同盟で利益を享受してきた経験が浅いため、その分米印で調整を進める上では日本に利がある。他方、インドは過去数世紀に亘って多くの移民を出し影響力を発揮してきた。米国も移民を受け入れ「~系米国人」としてその知識、情報、文化、価値を取り入れて力に変えてきた。日本は対米影響力の増加を図る上で日系米国人の力を借りて米国内法案を提出するという手段も考えられるだろう。
今回のお話しは現在進行形で連携強化が進む日米豪印4ヵ国対話枠組み(所謂「クアッド」)の根底を流れる米国のインド太平洋地域に対する政策を概観することができた。だが、「自由で開かれたインド太平洋」構想を打ち出した当事国であるはずの日本は依然として中国に配慮して対話に留まり、具体的な安全保障交流の発展に足踏みをしているように思われる。一日も早いインド太平洋を中心とする対中包囲網の構築を期待したい。