理事・政治評論家
 屋山太郎



  

TPP参加は本当に日本農業の衰退を招くのか
― 単純な反対論で国益を失ってはならぬ ―
 
 TPP
(環太平洋戦略的経済連携協定)に反対する議論の中で始末が悪いのは農協の利益のみを代弁する論と根っからの反米論者である。
 農協は農産物の売買や肥料や飼料の購販売で手数料を取る。手数料を多く取るためには米価が高い方が良い。肥料も同じで、かつて農協は肥料カルテルを認めさせて、海外相場の3倍の肥料を農家に買わせていた。このため「米肥農協」と云われたものだが、その体質は今も変わらない。全国農協中央会が音頭をとって、TPP交渉の対象になりそうな業種に呼びかけて、全国で大反対集会を開かせた。
 山田正前農相などは野田首相がTPP参加を表明するなら「離党も覚悟」だと言う。一体この農相は日本農業の現状をどう見ていたのか。1960年から今日までの農業分野の老齢化は凄まじい。60年には65歳以上は1割しかいなかったのに、現在では65歳以上が6割を占めるのである。あと10年経ったらこの老齢現役世代はあらかた引退するだろう。
 たまたまTPPは締結したとしても関税ゼロを互いに実行するのは10年後である。日本はTPPを蹴飛ばしたとしても、農業の衰退を食い止める手を打たなければならない。
 第二種兼業農家(農外収入が農業より多い農家)はこの間32%から63%に増えた。コメを国際価格の8倍に保つため100万ヘクタールの減反で500万トンのコメを減産する。一方で700万トンの麦を輸入するというバカ気た農政をどこかで転換しなければならない。
 日本に最も適した作物は古来、コメと決まっているが、主業農家が栽培するのは野菜が82%、牛乳95%であるのに対してコメは38%に過ぎない。国際価格の8倍(800%)と高価に維持しているため国内の消費量は落ちる一方だ。少ない量を高値に保つためには減反を強化しなければならない。この減反こそが農村のモラルを崩壊させる元になっている。61年以降、国は公共事業の名の下に110万ヘクタールの農地を造成したが、農地の250万ヘクタールが転用と耕作放棄で失われているのである。現在、農地は470万ヘクタールだが、これは終戦時の500万ヘクタールより少ない。ついでに言えば終戦時の日本の人口は7千万人で、500万ヘクタールでは餓死者が出る面積だ。
 人口が1億2千万人に増えても国民全員が食べて行けるのは、日本が貿易立国の道を歩んだからだ。原料を輸入して加工して売るという貿易の自由があったればこそ、全国民が食べられてきたのである。日本の貿易立国の方針は全く揺らいでいない。日本は戦後、手に入れた自由貿易というルールを国際的にも確立していくことが国益なのである。
 敢て貿易立国について述べたのはTPP反対論の中に、アメリカと貿易する必要がないと断ずる暴論を見受けるからだ。
 藤原正彦氏、中野剛志氏、東谷暁氏ら論壇の著名人がTPPの主旨や日本農業の置かれた危機的状況を全く無視して反対を唱えるのに唖然とする。つまるところ、この人達は、些細な障害を見つけ出して反対論の根拠としている。貿易ルールを変えようというのだから、どこかの分野が影響を受けるのは当たり前だ。かつては青森のリンゴ農家がバナナの輸入に大反対したが、自由化して両者は栄えたのである。10年後のコメの自由化を目指すことも無理ではない。農村が繁栄し、コメを輸出産業に成長させることも可能だ。反対論者がなお反対を唱えるのは単純な反米論者だからだ。

                                                                                                                                     (11月9日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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